「まさか自分がこころのケアをするなんて」

震災から3か月後、志村さんは石巻市に移住。2012年12月に一般社団法人こころスマイルプロジェクトを設立し、こころのケアの支援活動に専念します。

 

「神奈川で起業して10年、会社の業績は順調で、仕事も楽しくて、1年のうち3分の1は海外で仕事をしていました。企画の仕事は好きだったから辞めたくなかったし、本当は代表として支援活動をする気もなかったのですが…。

 

祖父が医師で、昔、石巻市の沿岸部で診療所をしていたんです。祖母は看護婦長で。だから医療には興味があって、話を聴くことにも苦手意識はありませんでした。ただ、まさか私がこころのケアをするなんて、という驚きはあります。目の前の子どもたちをなんとかしたくて、必要に迫られて動いていたら、いつのまにかこころのケアが自分の仕事になったという感覚です」

 

支援を始めてしばらく経つと、志村さんはクライシスカウンセラー(災害時のカウンセリング)の資格を取得。得た知識や経験をもとに活動をより深めていきました。

事情が知られないまま支援からこぼれ落ちる子どもたち

志村さんによると、小中高校では、震災1年目はどの子どもが親を亡くしたかわかるものの、2年目になると進学や自宅再建で別の地域に転校するため、一人ひとりの情報がわからなくなっていくそう。

 

ひとり親家庭の場合、離別なのか死別なのかわからない、死因も震災か病気か、教師は生徒に直接聞くわけにもいかず、きょうだいが震災で亡くなった場合は知るすべがない。ますます家族を亡くした子どもたちに支援の手が届かなくなっていくといいます。

 

子どもグリーフケアの様子
子どもグリーフケアの様子。同じ境遇の子どもたちが遊びや会話と通してこころを癒やしていく

「家族に関する情報がまわりにまったく知られていない子は、震災で抱えた苦しい思いを誰にも話せないままこころの傷を深めていくんです。

 

きょうだいを亡くした幼い子どもたちは、最愛の我が子を亡くし悲嘆に暮れる親を見て『自分は親から愛されない』など、自己肯定感が低い子どもが多いです。

 

成長するなかで、『なぜ自分は生きているんだろう』と生きづらさを感じて自分を傷つけたり、『きょうだいの代わりに自分が死ねばよかった』と思い詰めたりする子もいます」