環境を変えることが最も大切

── 正直、子どもをずっと見ているのは大変です。

 

大野さん:
私も子どもがいるのでわかるのですが、仕事に家事に子育てに、毎日忙しいですよね。子どもの安全に関する研究を専門にしていますが、「少しくらいなら」とか「この1回は大丈夫」と思ってしまう保護者の心理状態はすごくよくわかります。

 

子どもの事故は、見守っていても目の前で起きることもあります。ベランダの事故に関しては、目を離したときのリスクをどれだけ下げられるかが大事です。そうすることで親も少し楽になると思います。過信しすぎてはいけませんが、対策をすることでハラハラする気持ちが少しでも減るならば、ぜひその一歩を踏み出してほしいです。

 

繰り返しになりますが、見守りによる事故の予防効果はかなり低いです。見ていても事故は起きる場合もありますし、子どもを自分の手が届く範囲で四六時中見ているということは物理的に不可能だと思います。見守りに頼る事故予防ではなく、環境自体を変えることが大事です。

 

── 事故を防ぐために最も効果的なことはなんでしょうか。

 

大野さん:
ベランダや窓からの転落を防ぐには、子どもが外に出られないように鍵をつける以外に方法はありません。

 

子どもの事故を防ぐ考え方として、法制化、環境改善、注意喚起(教育)の3つが、世界で言われている傷害予防の考え方です。

 

このなかでも特に、環境改善の予防効果が高いと言われています。人間なので、つい忘れてしまったり、その日によってしなかったりするときもありますよね。ですので、人の努力がいらない対策として、環境を変えること。お子さんの手の届かないところに鍵をつけて、未然に事故を防いでほしいと思っています。

 

鍵もいろいろ種類があって迷うと思うのですが、お子さんがベランダや窓から出られないようにするものであれば何でも構いません。部屋の換気ができるように少しだけ開くタイプのものもありますので、ご家庭に合ったものを選んでいただけたらと思います。

 

通常の鍵だけでは子どもの手が届いてしまう

── 対策の優先順位などはありますか。

 

大野さん:
保護者がする対策の優先順位は、ベランダにアクセスできる窓に鍵をかけることが第一で、その次にベランダや窓の近くには足がかりとなるような椅子やテーブルなどを置かないことです。

 

まずは外に出させない、そして万が一出てしまっても落ちないようにするという何重もの対策が必要だと思います。

 

保護者の方でベランダの転落が頻発して起きていることを知らない方はほとんどいないので、その次の行動をするかどうかで大きく差が出ると思います。事故が起きてしばらくすると意識も薄くなってしまいますので、すぐに行動に移してほしいです。

 

── 小さい頃から高層マンションなどに暮らすことで「高所平気症」の子どもたちが増えているとも聞きます。

 

大野さん:
私個人としては、子どもが高所平気症と呼ばれる状態であっても問題ないと思っています。大人でも、高いところが苦手な方も平気な方もいますよね。高いところが平気なことと、そこから落ちてしまうのは別問題です。

 

高層階にもベランダがついているマンションも多いですし、ベランダがあるならば外へのアクセスができてしまいます。ベランダだけではなく窓もそうですが、子どもは大人では考えられない狭い隙間に落ちてしまうこともあります。

 

高層階のマンションに設置されたベランダ 

大野さん:
ベランダからも窓からも、自分の子どもにも転落リスクが必ずあるということを再認識してほしいです。

 

団体としては、もう少し社会全体に啓発する場所を広げていくべきだったと思っています。今は、対策のすべてが保護者の方の手にかかっているという状態で、事故が防げていません。

 

たとえば専用の鍵を行政やマンションの管理会社が配ってくれれば少しは保護者の負担は減りますし、つけようという意識も高まりますよね。

 

マンションの管理会社や家の施工業者は事前に入居者の情報を把握していると思いますので、そもそも鍵を子どもの手の届かない場所につけたり、入居の際に小さいお子さんがいる家庭には鍵を配ったりするということもしてきて良かったはずです。

 

社会全体の意識が変わるよう、最近は保護者の方への対策はもちろん、行政などへの働きかけも団体として力を入れています。

 

── 転落事故が多い年齢や時期に特徴はあるのでしょうか。

 

大野さん:
子どもの年齢は2〜5歳が最もリスクが高く、時期は5月や10月、11月の気候が良い時期に頻発しています。ですが10歳の子も落ちている事例がありますし、掃除や換気、洗濯物を外に干す機会も1年中あるので、この年になったから、この時期ではないから安心とは言いにくいです。

 

小学生くらいになると教育することである程度はわかってもきますが、わかっていても落ちてしまう可能性もあるので、子どもへの教育による予防効果は低いです。

 

登ってみたいとか外を見てみたいという衝動から来る行動だと思いますが、たとえ怖いと思っていても好奇心が勝れば乗り越えてしまう。怖いから踏みとどまれるのが大人であって、子どもは余計にやってみようという思いに繋がる場合もあるのではないかと思います。

 

── 年末年始や長期休暇などで実家や普段と違う場所で過ごす機会も増える時期ですが、どのような意識を持つことが大切ですか。

 

大野さん:
子どもたちはいつもと違う環境に行くと楽しくなってしまいますし、普段と違う行動をとってしまう可能性もあります。子どものいないご家庭は基本的に何も対策がされていませんので、普段よりも危険度は上がると考えていただきたいです。ご実家に帰省の予定がある方は事前にある程度、対策をしてもらうのも大事なことだと思います。

 

PROFILE 大野美喜子さん

1983年生まれ。2009年米国San Jose State Universityで公衆衛生学修士(MPH)を取得。帰国後、産総研に入所し子どもの事故予防研究を始める。2013年神戸大学大学院人間発達環境学研究科で博士(学術)を取得。専門:健康教育。人の行動変容に効果的な予防メッセージの構築・高齢者の社会参加研究などに従事。

取材・文/内橋明日香 写真提供/NPO法人 Safe Kids Japan