画数の多い漢字が見えにくくなって特別支援学級に
小学校時代は、うっすらとものが見えていたこともあり、通常学級に進学。小学3年生ころまでは虫眼鏡のような器具を使えば教科書も読めました。
ところが学年が上がるにつれ、画数の多い漢字の全体像が見えにくいなどの弊害が。そこで、週に1度、視覚障がいの特別支援学級がある小学校に通うことになったそう。
「支援学級では、授業内容で理解の追いついていない部分などフォローしてもらえました。
ただ週に1度、別の学校に行く必要があり、元のクラスで疎外感を抱くことはありました。
とはいえ、身体を動かすのが好きだったので、目が見えにくくてもクラスの友だちとゴム飛びや一輪車を楽しんでいました。
とくに走るのは大好きでしたね。もともとすごく足が速くて、小学生のときはほぼ負け知らずだったんですよ。
球技は見えにくいのでハンデになりますが、100mをまっすぐ走るなら、視力はあまり関係ないんです。他の子と対等に競えるのが楽しかったです」
その後、中学校と高校は盲学校に進学。20歳を前に、目は光を感じる程度でほぼ見えなくなりました。
マッサージ師の資格が取得できる盲学校の専攻科を卒業して、マッサージ師としてフルタイムで働き始めました。