行政の職員による副業が増えていますが、そのなかで「前例がない」と言われるケースをつくったのが、横須賀市役所の財務部に所属する高橋正和さんと経営企画部に所属する山中靖さんです。高橋さんと山中さんのもうひとつの顔は、一般社団法人KAKEHASHIの代表理事。どんな点が新しいのか、また公務員と法人との二輪で何を実現しようとしているのか、高橋さんにお聞きしました。
初めてアポイントを取り、街の人の声を聞いた
── 横須賀市の職員として働きながら、法人を立ち上げたきっかけを教えてください。
高橋さん:
きっかけは、2018年に市役所内で行われた広報戦略PR研修です。大手広告代理店の方が講師になって、半年間、月1回のペースで対話形式の講義を受けました。
ゲストが放送作家やインスタグラマー、WEB関連の経営者などユニークな方々だったのですが、同時に、街の人の声を聞いて課題解決の施策を市長にプレゼンするというグループワークが行われたんです。
グループワークでは、初めて自分でアポイントを取りながら街の人の声を聞いていきました。そこで同世代の方たちから、「横須賀市はこういうところがダメ。でも、こうすればもっと良くなるんじゃないか」など、横須賀市への課題感と新たなアイデアをもちあわせた“前向きなお叱り”をたくさん受けました。
市役所ではどちらかというと、厳しいお叱りを受ける場面が多いので、衝撃を受けたんです。「横須賀市をもっと良くしていくには、市民の方の声を直接聞くことが大事なんだ」と実感しました。
半年間の研修が終わると、有志で集まった6名と街の人の声を聞く活動を始め、活動を進展させるために毎月勉強会も行いました。地元の農家や漁師の方、専業主婦の方や学校の先生などさまざまな立場の方に集まってもらって、課題感の共有や意見交換を雑談の延長のような形で続けていました。ただ、半年くらい経って、「厳しい」と感じたんです。
行政の職員が民間団体を立ち上げた「切実な理由」
──「厳しい」というのは…?
高橋さん:
あくまでも自主活動なので、わざわざ時間をつくり、交通費の負担などをボランティアで続けることの厳しさを感じたんです。渡す名刺がないことも信頼性に欠けると思いました。「すごく大事な活動なのに続けることが苦しい」と思うようになった自分に、歯がゆさを感じました。
一方で、街の人の声を聞く活動は、横須賀市を良くしたいという想いを実現するためには長く継続する必要があると思いました。これから先、同じ想いを持った公務員がそれぞれの強みを活かした活動を拡げるためにも続けることに意味を感じていました。
活動を継続するための解決策として考えられたのが法人化です。交通費の問題は清算の仕組みが作れ、また法人の仕事であれば、事業継承という形で経営者の理念や考えをつなげていくことが可能です。稼ぐことで、想いのある人を応援したいと思った時に事業を通して、また寄付という形に変えて実践できます。また、一過性の活動にするのではなく、覚悟を決めた取り組みとして決意表明するためにも法人化したいと思いました。
その後は、「公務員は副業できるのかな」と調べてみると、職場の許可があれば可能なことがわかったので、法人化に向けて動きました。その際、株式会社は法律上、公務員が作ることも勤務することもできないとわかったため、稼ぐという目的を果たす意味で一般社団法人にしました。ビジネス視点の法人化を立ち上げることは、横須賀市にとっても、自治体にとってもおそらく初めてのケースだったようです。
── 行政の職員が、ビジネス視点で起業することが初めてだった?
高橋さん:
そうです。一般的には、地元企業の人材不足、また後継者不足で文化継承が難しくなった企業などの課題を解決するために、職員が副業で支援することが多いんです。
── 支援ではなく、稼ぐことの目的は何だったのですか?
高橋さん:
たとえば、経営が厳しい企業があるとして、補助金などで一時的に支えることはできます。でも、経営を継続するためにはみずからの力で盛り返すことが必要です。それで、可能性のある人や機会とつなげることで「稼ぐ仕組み」をつくり、そこで得た利益を、社会福祉へ循環させたいと思いました。
公務員はできることの幅が広いのが強みですが、人口も経済成長に関しても課題が多い今、行政でもカバーできない部分が増えています。
特に、人口の減少は大事な歳入である住民税の減少にもつながる。そうなると、市役所の職員として一番やらなければならない社会福祉にかけられる予算も減ってしまいます。
法律の壁など制限があるなかで行政ができない部分を、民間企業の立場でビジネスとしてカバーすることで、職員と民間企業、両方の長所を活かして横須賀市を良くすることができるんじゃないかと思ったんです。
起業を実現するために、これまでの活動や想い、これからの展望などを資料にまとめて市長に直談判し、許可を得ることができました。その後、人事課との調整を経て、2020年5月に一般社団法人KAKEHASHIを設立しました。