怒鳴ることでトラウマを再演する
心理学では「トラウマの再演」という現象があります。これはかつて自分が受けた心の傷を無意識的に繰り返してしまう、つまり「再演」してしまう、という現象です。
自分が親にやられて嫌だった、自分は絶対にやらないと決めていたことを、わが子に無意識にしてしまっている。これはトラウマの再演であり、今現在の関係性とは別に、心の奥深いところに「お母さん」がまだ棲んでいるからかもしれません。
では、どうすれば「母親の価値基準」から抜け出し、自分の本心を掘り起こせるようになるのでしょうか。
さまざまな方法がありますが、私は同様の悩みを持つHSP気質の方には、次の3つのアプローチを提案しています。
話す、書く、動くことで出力
まず出発点は「気づく」ことです。
今日までの人生の選択を振り返って、どれが自分の希望で、どれが親の希望であったかを認識しましょう。そのことについて思いを巡らしたときに、ざらっとした引っ掛かりを感じたら、それはあなた自身ではなく、親の望んだことかもしれません。「あのとき、自分は本当はああしたかった」という思いがふつふつと湧いてくるはず。
そして気づいた事実はアウトプットしていきましょう。信頼できる身近な人にそのことを話してみる、紙に書いて振り返るなど、どんな形でもいいのでどんどん外に出していくことが重要です。
脳の神経回路には出力依存性があります。これは簡単にいうと、出力(アウトプット)を繰り返すことで、感情や認識がより定着していくというメカニズムのこと。心の奥底から掘り起こした感情を、話したり書いたりすることによって定着させることで、思考のクセは上書きできるのです。
ただし、このとき注意したいのは話す相手は「受け止めてくれそうな人」に限るということ。自分の価値観を押し付けて来たり、「普通」を重視する相手に話しても、せっかく掘り起こした感情が跳ね返されて、余計に落ち込んでしまう可能性があります。
また、意外かもしれませんが感情や思考を整理する上では、運動も効果があります。体を動かしてスッキリすることも、アウトプットのバリエーションとしてぜひ取り入れてみてください。
HSP気質の女性は素直で真面目な性格ゆえに、子どもを産むと「私は母親だから」と子育ての負担を抱え込む傾向があります。一人で抱え込むのはやめて、子育ての負担はパートナーや家族とシェアする仕組みを作ることをおすすめします。
「今の自分にはキャパオーバー」と感じるまで精神的に追い詰められたときは、ひとりの時間を強制的にでも作ってください。HSPにとっては、「他人と自分をいったん切り離してフラットになる」ことは、とても大切な心理的作業でもあるのですから。
子育てを通じて、多くの人は過去の自分や親子関係の見直しを迫られます。これは見方を変えれば、「自分を育て直す」絶好の機会でもあるということ。敏感であるからこそ見える世界や感じ方を大切にしながら、子どもと自分、両方を楽しみながら育てていきましょう。
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「子育ては、自分を育て直す絶好の機会」という言葉に、思わずうなずいてしまうママやパパは多いのではないでしょうか。きちんと自己主張をすること、自分の本心を知ること、親しい人と気持ちをシェアしていくことは、あなた自身の心を守ることはもちろん、大切なわが子の健やかな成長にもつながっていくはずです。
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十勝むつみのクリニック院長。北海道大学医学部卒業。脳外科研修を経て神経内科を専攻し、日本神経学会認定医に。小児精神科医として道立札幌療育センターに13年間勤務。道立緑ヶ丘病院精神科勤務を経て、2016年にHSP診療に専念したクリニックを開業。日本では数少ないHSP臨床医。
文/阿部 花恵 イラスト/福田玲子