給食の完食指導は「体罰」と見なされないのか


学校・子どものトラブルについて詳しい弁護士によると、体罰とは「肉体的な苦痛を児童に与えること」を指すそう。 また、「肉体的な負担」や「精神的な苦痛を与える行為」も問題だといいます。 「残さず食べよう」という指導そのものは体罰ではありませんが、給食中にふざけていたわけでもなく、体質や体調により食べられない子を昼休みなしで食べさせるのは「不適切な行為」にあたるそうです。

 

完食指導「賛成」する人の言い分は


インターネットや新聞の投稿欄などでは、「完食指導」自体は良いことで賛成、という人の声も見かけます。 出されたものを残さず食べる、食べ残しを出さない、好き嫌いをしない、食べ物を大切にする…こういったことは、特に戦時中満足に食べられなかった世代にとっては非常に重要なことで、子どもたちにそれを目指すよう伝えるのはむしろ良いことだと筆者も考えます。 しかし、「指導」と「強制」は違いますし、あくまでも大切さを伝え、苦手なものにチャレンジするよう励ますのにとどめるべきではないでしょうか。

 

給食の「完食指導」押し進める担任に当たってしまったら?


無理強いせず食べられるよう工夫してくれている先生も多いが…

筆者の娘たちが小学校の頃、給食の取り組みを見ていると、「一口だけでも食べてみよう」と声をかけたり、事前に量を減らす機会を設けたりと、ほとんどの担任の先生方はとても努力しています。 特に低学年では、忘れ物をする子・こぼす子・何かが足りないなどのトラブルも毎日のように起こります。短い給食時間で、少しでも楽しく、好き嫌いなく栄養をとってほしいと願いながら対応してくれていることがよく分かります。

 

しかし、クラス全体の残飯量は毎日記録されているため、学校によっては常に残飯が多いクラスの担任が「指導力不足」と言われることもあるそう。 子どもを苦しめようと思って完食を推し進める先生はいないと信じたいですが、なんとしても残飯を減らそうとして熱意が空回りしてしまう先生は中にはいるのかもしれません。

 

ある調査では、「クラスの雰囲気が良くなると残飯が減った」という報告はあるものの、反対に無理やり食べさせて「残飯がなくなったからクラスの雰囲気が良くなった(担任の指導力が発揮された)」という図式は成り立たないと思うのですが…。