『これからの男の子たちへ』の著者で弁護士の太田啓子さんにお話を伺う全3回のインタビュー、最終回はジェンダー平等の理想と現実のギャップをどう埋めていくかについて聞きます。

 

矛盾した社会、戦争の起きる現代において、私たちはジェンダー平等についてどう向き合っていけばいいのでしょうか。

戦い慣れしていない母親がわが子を導くには

── 「対等な夫婦になっていくために、相手に怒りや不満を伝えることに慣れていこう」という意見は確かにそのとおりですが、女性は男性に比べると衝突を回避する傾向にあります。「戦い慣れ」していない母親が、娘や息子にそれを教えることの難しさについてはどう思われますか。

 

太田さん:

そうですね、もちろん個人差はありますが、全体の割合として見ると「戦い慣れ」していない母親は少なくないと思います。

 

そうした自覚がある方は、子どもにそのまま正直に伝えるのがいいと思います。「お母さんね、つい自分が我慢すればいいんだって思っちゃうクセがあるんだ。でもそのせいで苦労することも多かったんだよね。だから今からでも戦い方を学んでいこうと思う。一緒に学ぼう」と言えば、子どもの心にはきちんと言葉が届くと思います。

 

── 「一緒に学ぼう」と言えばいいんですね。

 

太田さん:

保護者だって不完全なひとりの人間です。間違うこともあるし、アップデートが追いついていないことだってたくさんある。でもその不完全な姿を正直に見せていくことに意味があると思っています。

 

そもそも、今生きている社会だって同じように不完全ですよね。私たちは「本来ならば、こうであるべきではない社会」で子育てをしているのだから、それってすごく大変ですよ。

 

だからこそ、世界で日々起きているニュースや目に入るものについて、親子や夫婦で話し合っていくことが大切になるのだと私は思います。

 

「ニュージーランドの首相は40代で任期中に育休を取っているんだよ」という話題から、日本の政治分野におけるジェンダー平等が圧倒的に遅れていることが見えてきますよね。

 

ニュースでもフィクションでもいいので、そうした理想的な事例を意識的に共有していくことが、長い目で見たときの子どもの人生に意味を持ってくるのではないでしょうか。

既存のジェンダー観を捨てきれない保護者たち

── 男の子も女の子も性別にとらわれることなく自由に生きてほしい。そう願う一方で、「男の子なのにあまりに弱いと競争社会を生き残れないのでは?」と既存の社会のジェンダー規範からかけ離れると不安になる親心もあります。

 

太田さん:

そこは難しい問題ですよね。「男性学」研究者の田中俊之先生がおっしゃっていたのですが、「男の子は競争、女の子は調和」という感覚が今の親世代にはどうしても残っているんですね。これは前述の「女性のほうが戦い慣れしていない」という事実とも地続きです。

 

だからこそ、男の子の保護者は「気が弱いと男社会でいじめられてしまうのでは」「競争社会で勝ち抜けずに落ちこぼれてしまうかも」と心配になってしまう。男の子は向上心がないと社会で取り残されてしまうのでは、という不安があるからです。

 

── 確かにそうかもしれません。

 

太田さん:

今の不完全で不平等なこの社会がそうすぐには変わらないと思っているからこそ、既存のジェンダー規範を捨てきれない。子育てをしていると、そんなふうに理想と現実に引き裂かれることもありますよね。

 

実際、私も競争心ゼロの長男にはそういう不安を抱いています。「友達のこんなところがすごいんだよ!」と褒め称えられる素直さは彼の長所ではあるのですが、刺激されて「俺も頑張ろう!」とはまったくならない(笑)。競争に勝って上に行くという気持ちがいっさいないタイプなんですよね。

 

でもそうした葛藤は、子ども自身がこれから成長していく過程で向き合っていくものだとも思っています。

 

今の社会はここが矛盾していて、王道はこっちで、ジェンダー的な正しさはこうである。そうした矛盾を知ったうえで、どうサバイブしていけるかを自分で考えることが大切になってくる気がします。

戦争時のジェンダー議論はトリッキー

── 少し話は変わりますが、ロシアに侵攻されたウクライナでは、18~60歳の成人男性に対し徴兵を視野に出国できなくなる総動員令が発令されました。「結局、男は戦い、女は守られる存在ならジェンダー平等なんてありえない」という議論もSNSでは巻き起こりました。太田さんはどのように見ていますか。

 

太田さん:

まず、「戦争という人権侵害を平等に受けることがジェンダー平等である」という理屈からしておかしいのではないでしょうか。ジェンダー平等とは、不利益を平等に被ることでは決してないはずです。

 

そもそも戦争自体が本来は「正しくない」ことです。それなのにそこに引っ張られて「戦争時におけるジェンダー平等とは?」と議論してしまう、それ自体がもうトリッキーですよね。

 

女性が戦争で殺されてはいけないのと同じように、男性も戦争で殺されてはいけない。本当ならば誰であってもそんなふうに殺されていいわけがないんです。

 

── 「戦争それ自体が正しくない」いう前提に立つと、確かに見え方が変わってきますね。

 

太田さん:

戦争や災害などの非常時には、日常に潜む歪みやジェンダーバイアスが極端な形で表れやすくなると聞いたことがあります。

 

「男は女子どもを守るべきだ」
「女はいいよな、戦争で死ななくていいから」

 

真逆な意味を持つこれらは、どちらも日常の中に性差別が根づいているからこそ出てくる言葉です。すでに差別構造があることによって、マジョリティ属性を持つ男性側が副次的にそのコストを支払っている。

 

「成人男性だけが徴兵される」のもそのひとつの形であり、今の日本のように極端に私生活を犠牲にさせられる働き方や過労死を選んでしまう男性が多いのも、同じようにこの構造の副産物といえるかもしれません。

 

そう考えるとジェンダーの問題は、平時から非常時まであらゆる事柄と密接に絡まり合っているのがわかると思います。だからこそ思考停止せずに、問題を認識し考えていくことが大切です。

 

 

ウクライナの報道に触れて、「万が一、有事になったら性別的役割はあるのかな…」と心がざわついた人もいるのではないでしょうか。私たちの社会は完璧にはほど遠く、平時・有事を問わず矛盾に満ちています。

 

けれども、「じゃあどうすれば男の子も女の子も幸せに生きていける社会になるんだろう?」と自分たちに引き寄せて考え続けることはできるはずです。男の子に負担のしわ寄せがいくのではなく、女の子が抑圧されるのでもない社会のかたちを、日常の中で自分なりに模索していく。ジェンダーについて考えることも、そのひとつではないでしょうか。

 

PROFILE 太田啓子さん

弁護士。2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手掛ける。2020年に刊行された『これからの男の子たちへ』(大月書店)は22年4月現在で11刷のロングセラーに。

取材・文/阿部花恵