2021年9月、新聞を賑わした記事がありました。「店舗で療養していた男性が死亡」「保健所の安否確認が不十分と区長謝罪」。新型コロナウイルスに感染した40歳代の男性が、杉並区の勤務先のビル内にある店舗で療養中に死亡したのです。

 

男性は中野区に住んでいましたが、家族に感染させないため杉並区の店舗で療養し、「店舗で療養」と杉並区にも届けていました。

 

ただ、保健所職員が電話をしてもつながらず、職員が安否確認に訪れた際は、同じ住所にあった店舗の入ったビルではない、隣のマンションを訪れてしまい「居住実態が確認できない」として安否確認を終了していました。

 

その後、男性は死亡。保健所が持つ記録には「店舗で療養」との内容と店舗の電話番号、男性の家族の連絡先が記載されていたことなどから、区長は「確認を尽くしておらず対応が不十分だった」などとして遺族に謝罪しましたが、母親の小林美波さん(仮名・70歳)は「調査を打ちきるときに、家族に電話をくれていたら、店舗にいますよと言えたのに。息子はなぜ死んだんだろう」と今も考えています。今のお気持ちを伺いました。

店舗で療養していた長男が死亡

小林さん(仮名)ご本人

── 経緯を改めて詳しく伺えますか。

 

小林さん:
息子は中野区の自宅に一緒に住んでいて、杉並区でライブハウスを経営していました。でも、7月末に新型コロナウイルスへの感染が判明して、「私たち両親にうつさないよう店舗で療養する。冷蔵庫には食料もいっぱいあるから」と言っていました。

 

私が「入院とかしないの」とスマホのメッセージで聞くと、「保健所からの電話が来ても出られない。鳴ってから取ったら間に合わない。こっちからかけても折り返しを待ってくださいと言われてしまう」と返答が来ました。

 

保健所が後に出した資料を見ると、保健所は8月2日から息子の携帯に電話をかけ続けたようですが、一度も繋がっていません。5日の午後は療養先として届けていた住所に職員が来ましたが、同じ住所には店舗の入ったビルとマンションがあり、マンションだけを訪問していたようです。居場所を見つけられず、保健所は安否確認を終了しました。

 

私がその2日後、息子にメッセージを送っても返事がないから見にいくと、冷たくなっていました。

 

息子は必死だったと思います。電話が繋がれば、と願っていました。私たちも療養先のドアの前までは食料や酸素ボンベ、ゼリーとか届けていましたが、まさか亡くなるとは思いませんでした。

 

手を合わせる小林さん(仮名)

私とは「保健所から電話がくるかもしれないから」って長電話しなかった。保健所からの「訪問します」というメッセージも返信できないメッセージだった。もし返信できる仕組みだったら、「ここにいるよ。待ってますよ」って繋がっていただろうにと悔やまれます。

 

本人はだいぶ落ち込んだと思う。「なんで来ないんだろう」って。とてもがっかりしていたから。来るって言って来なかったのが、辛くてこたえたと思う。調査しないとわからないことばかりだった。ただ「亡くなりました」しかこちらはわからない。

なぜ、を問い続ける今

── 今はどんなことを思っていらっしゃるんですか。

 

小林さん:
もっとやってあげることができたんじゃないかと思っています。なんで死んだんだろうって。自分が保健所に行ったり、電話したりできればよかったかなって。でも大人の息子にそこまでやったら「余計なことするな」って本人は怒っていただろうし。何かやり方がなかったかなあ。

 

── 救急車は呼ばれていない。

 

小林さん:
呼んではいけないって。保健所に繋がってから連絡するってことになっていたから。でも本当に苦しくなると呼べなくなりますよね。

息子さんのお写真

夢を実現したばかり

── どんな息子さんでしたか。

 

小林さん:
甘え方を知らない子です。自立していて。お店、ライブハウスを持つのは自分の夢だったんです。7年前にやっとできて、これからっていうときでした。今がいちばん楽しかったんじゃないかな。

 

亡くなってから1、2か月は辛すぎて。コロナが原因で亡くなったってこともすぐには人に言えなかった。

 

それまでは言っちゃいけないって思っていたんだけど、息子の同級生が2か月後ぐらいに来たときに「みんなにコロナで亡くなったって言っていいよ」って言って。こちらも話すことですっきりしていった部分が出てきました。

 

バイクも大好きで。音楽関係で、友達がたくさん集まってくれました。最後一人で過ごして寂しかっただろうから、しばらくは納骨しないで一緒にいようと思っています。

亡くなられたご長男の遺影とお骨

── 適切な医療を受けられずコロナで亡くなられた方の遺族の集い「自宅放置死遺族会」にも入られました。活動してしていきたいことはありますか。

 

小林さん:
こういったことが忘れられないように伝えていかないといけないと思っています。保健所とかを責めるつもりはないです。ただ、二度と間違ったことがあってはいけないと思っています。

取材・文・撮影/天野佳代子