昨今は深刻なセクハラも明らかになるなど、旧態依然とした体質が明るみに出たエンタメ業界。「フェミニストでエンターテイナー」と自身を語る柚木麻子さんは、過去のエンタメ作品を見ると忸怩たる思いに駆られるそう。でも「同時に良いものにも触れてきた」と肯定的に捉えています。柚木さんが今、女性に伝えたいメッセージとは。

柚木麻子さん
シスターフッドを描いた作品を多く生み出している作家の柚木麻子さん(撮影/稲垣純也)

次の世代に持ち越さなければ良い

── 「フェミニストでエンターテイナー」という柚木さんですが、ご自身でも昔のドラマなどを過去のエンタメ作品をよくご覧になるそうですね。ただ、この数年でジェンダーに関する意識が大きく変わったせいか、今かつての作品を見ると、女性差別的な表現が気になったりしませんか…?

 

柚木さん:

それは本当にそうで、毎日反省ですね。「なぜ私はこれを好きだと思っていたんだ・・・!」みたいなことがいっぱいあるんですよね。

 

でも、最近思うのは、「エトセトラブックス」っていうフェミニズム専門の本屋さんがあるんですが、そこには最前線のフェミニズムの本や中絶や人種差別についての本もあるかたわら、古書も入れているんですよ。

 

トーベ・ヤンソンとか、リンドグレーンとか、モンゴメリーとか、私達が好きだった本もいっぱいあったんです。小さい頃、単に面白くて読んだものや、無自覚に吸収したものには、差別的なものもあったけど、同時にフェミニズムもあった。ちょっと変わっている女の子が、やりたいことをやる作品をめちゃくちゃ見ていたんです。

 

今考えると「ショムニ」(フジテレビ)、「ナースのお仕事」(同)、「きらきらひかる」(同)とかも、実はフェミニズムであり、シスターフッドだったのではないか、と思っています。

 

「抱きしめたい!」(フジテレビ)もそうですよね。バブル期に、W浅野はスタンスとして恋愛より友情を優先しようとする。

作り手はジェンダーを勉強した人なのかな、と制作陣に近い人に聞いてみたら、そうではなかったんです。

 

あのドラマがどうしてできたかというと、好景気で放送時間帯に女性が家に帰れた。リアタイ視聴ができたので、女性が喜ぶものを徹底して作った。1人のヒロインより、親友役に同じぐらい人気がある人がいた方が「こっちのスカーフがほしい」と購買力が上がる。

 

だから、単純に徹底的に女性が楽しめるように作ったら結果こうなった、と言われて、がっかりしたと同時に「いいこと聞いたな」と思ったんですよね。

 

徹底して女性が楽しめるエンタメをつくったら、暴力シーンもなくなるし、嫌な感じもなくなる。同じぐらい魅力がある女優さんが複数いるから友情も生まれる。日本の悪いシステムから、たまたま生まれた良き物も、私たちは浴びているんだなって思ったんです。

 

だから、差別的な思想を、私たちが次の世代に持ち越さなければいいなと思っていて。ジェンダーの視点からいえば、若い世代のほうが、全然いいものを見ているんですよ。

 

例えば、今、子どもと一緒に、日曜日の朝「暴太郎ドンブラザーズ」(テレビ朝日)っていう戦隊モノを見ているんですが、他のメンバーより年上の既婚男性がピンクなんです。それだけで結構すごくないですか?

 

私も日々反省はしているんですが、次の世代が優れていればいいんじゃないかな、と最近は思っています。

頑張る女性に柚木さんは「生きているだけで偉い。今は極限まで手を抜いて」とエールを送ります(写真はイメージ)

今あなたがつらいのはあたなだけのせいじゃない

── 柚木さんのTwitterを見ると、いつも楽しさを見つけて生活しているように見えます。

 

柚木さん:

毎日楽しくは生きたいんですが、楽しく生きているだけで「ほら、こんな大変な中でも楽しそうな人いるじゃん!」「みんなで工夫すればいい」みたいに利用されるのは嫌なんですよね。だから、批判精神は持ちながら、楽しく暮らしたいですね。

 

「自分が今つらいのは、実は自分ひとりの問題じゃないんじゃないかな」という視点は持っていていいと思います。自分だけが悪いと思わない。すぐ謝らなくていい。だって、ジェンダーギャップ121位なんだもん。

 

あなたが抱えているつらさの98%ぐらいは国が悪い。2%くらいは自分が悪いかもしれない。「ちょっと早く寝なかった」かもしれない。

 

批判精神を持つと、干されたりするんじゃないか、と思うかもしれないですが、私、エンターテインメント業界という、割と微妙なところにいるのに干されていないじゃないですか。

 

今は非常事態なのに、みんな頑張って生きている。他の国の戦争だって、ニュースを見ていたら「もし自分の身に起きたら」と考えるだけで「うっ」っとなるし、募金をいくら出したところで、戦争はすぐには止められない。無力感に苛まれる人もいて当たり前です。

 

もう十分みんなよくやっていますよ。本当そう思います。これ以上何かやれとか鬼だろう、と思います。

 

── 毎日のように、目を覆いたくなるようなニュースが流れますよね…。

 

柚木さん:

そうそう。寝込んじゃって当たり前だと思うので。みんな生きているだけで偉い。

 

もう今はちゃんとしなくていいです。ちゃんとするのは、来年とかで。極限まで手を抜いていいと思います。

隣の人の欠点に目をつぶってもいい

── 一方で、「98%国が悪い」現状を変えていくためには、柚木さんの作品にも描かれているように、女性同士が連帯して制度を変えていくことも必要だと思います。でも、正直なところ、女性同士だからと言って仲良くできないこともありますよね…。女性同士の連帯には、何が必要でしょうか? 

 

柚木さん:

ここは私も作品を書くうえで気をつけているのですが、女の人同士の関係性が好きだからといって、人間なら当たり前のようになる、負の感情をないがしろにしないこと。ぶつかり合いや意志の疎通がうまくいかないことも人間同士なら当たり前。

 

女の人同士「ちょっと嫌だな」と感じると、「連帯まではできないかな…」という人は多いと思うんですが、でもそれこそが、男性社会「女の人は清く、正しく、倫理感があり、友情というからには本物の友情がないとダメ」という決めつけじゃないでしょうか。

 

ごく仲良くなくても「私はあなたを嫌いではない。協力したくないわけじゃない」というのを、相手に示すことはできる。そういうサインを送るのは大事なのはもちろん、送ってもらうことはとてもうれしい。

 

ズルしていいんです。女性が連帯して権利を獲得するためだったら、隣の人の欠点に目をつぶってもいいんです。 

 

『らんたん』を書いたときも、女性の権利獲得に動いた人たちは、アベンジャーズみたいにみんながずらっと一列になって、全員仲良しなのかと思っていたら、実はすごい仲が悪かった。

 

「もうやだ、エンタメにならないよ…」って思ったんですけど、これがリアルだなって。

 

例えば、婦人問題研究科の山川菊栄は、婦人運動家の神近市子や伊藤野枝を、新聞誌面上で批判している。でも、普通にプライベートで一緒にいる文章や写真がいっぱい出てくるんですよね。

 

女の人も人間だから特別じゃない。普段は敵対していても、いざというときは賛同する、で良いと思います。

 

PROFILE 柚木麻子さん

 2008年オール讀物新人賞を受賞、10年に『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞受賞。近著に『ついでにジェントルマン』。

取材・文/市岡ひかり