20〜30代を中心にレトロブームが起きています。デジタル環境が整った時代だからこそ、あえてアナログな要素に魅力を感じ、知らない時代に懐かしさを感じていると分析するのは、老舗ガラスメーカーの石塚硝子。昭和の時代に販売していた商品を2018年に復刻させ、80万個も販売した「アデリアレトロ」の開発を担当したのは、実は20代の女性たちでした。
コアなファンが多い自社商品を知るきっかけはSNS
──復刻商品の開発には、どのような経緯があったのでしょうか。
桐本さん:
大学でデザインを学んだことを活かして、商品開発を希望し2016年に入社しました。最初は販促グループに配属されましたが、途中から希望していた商品開発を行う企画グループに異動させてもらえました。
コアなファンがいるルートを開拓して商品を販売するという、コアルート開拓プロジェクトのメンバーに招集されたのですが、メンバーは私の他に2人女性がいまして、当時全員20代でした。
自社のどのような商品にコアなファンがいるのかを調べるため、Instagramで「#アデリア」で調べてみると、すでに廃盤になった弊社のレトロなグラスがたくさん出てきたんです。
今でもアデリアブランドで新しいグラスを作っているんですけど、皆さんにとってのアデリアはヴィンテージ品というイメージで、そこにファンが多いのかなと。正直、意外でした。
──廃盤になった自社商品をInstagramで見つけたときはどのように思いましたか。
桐本さん:
開発メンバーの3人は共通認識として「これは可愛い、人気になりそう」という感覚がありました。市場を見ても純喫茶など、レトロなものが流行りだしたころでした。元々私もレトロなものが好きでしたし、3人とも熱意を持って企画書を作りました。
──桐本さんは平成5年生まれだということですが、実際に商品の実物を見たことはあったのですか。
桐本さん:
おばあちゃんの家で見たことがあるかな…というくらいの認識でした。具体的にどの商品がとかもなく、なんとなく懐かしい気がして可愛いという感覚ですね。
──企画を出した時の上司の反応はいかがでしたか。
桐本さん:
最初に企画を出したときは「この商品にコレクターがいることは知っているが、ファンの人口が少なすぎるのではないか」と言われました。コアルートを開拓するプロジェクトなのですが、あまりにもコアすぎると。それに対して私たちも反論できませんでした。
可愛いと提案をしたのですが、50代の男性上司からは「古くてダサい」という反応をされてしまいました。実際に商品に関わっていた世代でした。
──「古くてダサい」とは(笑)。その後はどのように行動したのですか。
桐本さん:
このままではいけないと思って、再調査をしました。Instagramで、何件中何件が弊社の商品で、これだけ世間に認知されているというデータを集めました。
でも実は、その方法はすごくアナログで(笑)。鳥の数や交通量を数えるカウンター(数取機)を使って、ひとつひとつ目視で調べました。画像を直接見ることでしか見分けがつかないんです。
そのほかにも、実際にコレクターの方や、レトログラスを愛好されている方の意見を伺うために各地の蚤の市に足を運んでお話を伺ったり、ヴィンテージの雑貨を扱う店などを訪れたりしました。
そうしてまとめた資料を持って再アタックしたのですが、上司からは「言わんとしていることはわかる」と。主にヴィンテージ品のコレクターの方が調査対象だったので、世間一般の人にウケるのかと言われてしまいました。
これにはなかなか反論が難しかったです。でも私たちの熱意が伝わって、テスト販売をすることになりました。
──努力が身を結んだわけですね!
桐本さん:
通常、プリントグラスのテスト販売には2000〜3000個作るのが目安なんですが、それよりもだいぶ少ない500個ならと承諾をいただきました。
当時、生産数がいちばん多かったアリス柄からスタートしました。ヴィンテージショップなどでも高確率で出会える柄です。Instagramを開設して販売を告知したところ、予想通り早い段階で完売するものもあり、これは好評を得ていると判断していいということになりました。
柄は忠実に再現し、形は時代にあったものを
──復刻版として販売が始まったわけですが、昔販売していた商品と同じ点と異なる点をそれぞれ教えてください。
桐本さん:
柄については忠実に再現していまして、できるだけ元のものに近い状態にしています。当時、データという概念があったかもわからないのですが、社内にデザインのデータがなかったので改めてトレース(なぞって書き起こす)して、ひとつひとつ書き写すという方法を取っています。
アデリアレトロのファンは20〜30代の方が多いのですが、当時のものを持って下さっているのは40〜50代の方が多く、商品の復刻にもご協力いただきました。実は、当時のグラスが社内になく、実際に実物を見ないと復刻できないという環境の中でスタートしました。
当時のカタログは社内にあったので、その写真を元にInstagramで現物をご提供いただけるよう呼びかけました。「再会チャレンジ」という企画で、生き別れになったあのグラスに会いたいというコンセプトです。皆さんのご協力があって商品を復刻できているので感謝しております。
形や素材に関しては今の時代に合うように変えています。ペアグラスは、アデレックスという弊社の口部強化ガラスにしました。飲食店などでも使われている割れにくく強いグラスです。スタッキングができるので、重ねて収納することもでき、利便性も考えて作っています。
昔のグラスは、泡が入っていたり、口の部分が歪んでいたりするなど精度が甘い部分があるのですが、技術の進歩もあってこちらに関しては再現していません(笑)。
レトロの魅力は「完璧ではない可愛さ」
──桐本さんは、復刻商品がヒットを生んだ理由をどのように考えていますか。
桐本さん:
今の生活は、完璧なことが多いと思うんです。スマート家電などもあるように、完璧であることがベースにある。レトロのものは作りが雑だとか、完璧ではないものが多すぎて、そこのほころびが可愛さを生んでいるのかなと思います。
アデリアレトロでもそのほころびを残すようにしていまして、実は、印刷のズレもあえて残しています。当時のものを忠実に再現しているのですが、ちょっとなごみますし、優しい気持ちになれます。擦る色の順番を間違えたものも当時カタログに掲載されていて、こういうものも今見ると面白いなと思っています。
きちんとしすぎていると、自分もきっちりしないと!と無意識に思ってしまうんです。大らかさがあった昔の良さを残している大事な部分です。
──元々、レトロなものに興味があったのですか。
桐本さん:
入社前から古着やアンティークのものが好きでした。撮影で写しても支障のないものが自宅にたくさんあります。アンティークショップに市場調査で行ったときに買ったものなどがたくさんありますので、写真に使う小道具には事欠かないですね。
これがもし別のものだったら運営できてなかったと思います。元々レトロなものが好きで、自分の好きな分野に仕事として取り組めた形です。
アイスクリームが溶ける前に!Instagramの裏話
──商品の開発だけではなくInstagramやイベントの運営もされているそうですね。
桐本さん:
写真はほぼ100%私の自宅で、コンパクトなミラーレス一眼レフを使って撮っています。グラスだけではなく、飲み物や食べ物を入れて撮るのですが、本当に大変です。特にアイスクリームは溶けてしまうので、溶けないうちに素早く撮影します。
グラスだけではなく中身でもフォロワーさんの反応が変わるので、スイーツの盛りつけには特にこだわっています。アイスクリームの上に、ちょこんと赤い缶詰のさくらんぼを乗せたクリームソーダの反響がいちばん大きいですね。
元々カメラはそこまで好きではなくて、今でも正直、得意ではないんですが(笑)。前日に材料を買い揃えて、綺麗に光が入る朝の時間帯に窓辺で撮影しています。
──ファンの方向けのイベントの企画もしているそうですね。
桐本さん:
アデリアレトロの世界観に浸ることができる「喫茶アデリアーノ」という喫茶店を開いています。そこでグラスにご自身で好きな柄をつけるワークショップなども行っています。
みなさん自分だけのオリジナルのグラスを作れるということで、喜んでくださいます。参加された方がタグづけしてInstagramに投稿してくださるのですが、人に喜ばれることをするというのが主な活動になっています。
──アデリアレトロのファンは圧倒的に女性が多いのですが、なぜ女性に人気を集めていると思いますか。
桐本さん:
女性は、昔見たものやちょっと古いものに対して「かわいい」「なんだか懐かしい」というポジティブな気持ちが生まれることが理由なのかなと思っています。
復活を企画してくれてありがとうございます、とお礼を言われることが本当に多いんです。みなさん何種類か集めるなど、コレクションしてくださっています。食器というカテゴリーを超えているなと感じることが多くありまして、グラスの中に小物を入れてくださるなど、インテリアとして飾る方も多いですね。
シンプルなキッチンや家具に、ちょこんとアデリアレトロが置かれているのを見ます。インテリアのワンポイントとして取り入れてくださっているようです。
──これから実現したいことを教えてください。
桐本さん:
今はイベントとして期間限定の喫茶店を各地で開いているのですが、実際に喫茶店を作りたいと思っています。ここに行ったらアデリアレトロがいつでも楽しめるという場所を作れたらいいなと。
正直、ものを売るだけでは楽しみが限られてしまって、買って終わりになってしまうと思うんです。実際にグラスを使って、レトロな空間を体験してもらうということにシフトしていきたいと思っています。体験にすることでレトロをブームに終わらせず、生活の一部にしていただくのが目標です。
取材・文/内橋明日香 写真提供/石塚硝子