東京・足立区の小学校のそばの住宅を借り、月に3回ほど開店している昔ながらの駄菓子屋さんがあります。
店番をしているのは30代の夫婦です。本職や家庭がある多忙なふたりが、なぜ子どもたちに駄菓子を売るのか聞いてみました。
近所でも声をかけてもらうように
「オープンして1年がたちましたが、最近では近所を歩いているときにも声をかけてもらうので、認知度は上がってきたのかなと思います」
そう充実した表情を浮かべるのは、足立区に住む「駄菓子屋かしづき」の店主・佐々木隆紘さん(35)。
「昨年の夏祭りやハロウィンイベントのときには、予想以上の子どもたちに来てもらいました。
子どもたちの立ち寄り場所としての空間づくりは、できつつあるのではないかと思います」
肉体的には回復しているはずなのに…
佐々木さんは普段、整形外科クリニックで理学療法士として働いていますが、単なる副業で駄菓子屋を始めたわけではありません。
「元々バスケットボールをしていて、バスケと関わっていきたい気持ちと、自身が怪我をした経験もあり、トレーニングやコンディショニングに興味があり、理学療法士やトレーナーを目指しました。
患者さんのリハビリテーションに携わる中で、肉体的には回復しているはずなのに、痛みが残っていたり活動量が上らない人がいました。
そういった方の中には、精神面で課題を抱えている方も少なからずいて、心理的なアプローチも必要ではないかということに気づいたのです」
理学療法で機能が回復しても、再び痛くなるのを怖がり動きたがらない人もいれば、痛みはあるけれど、動けるうちに旅行に行きたいと通院を中断する人もいたそうです。
幼少期の心の拠り所の有無が影響
「そのような志向性の違いについて、論文などを読み勉強しました。
すると、幼少期の愛着形成、つまり心の拠り所や安全基地の有無が影響しているようだ、ということがわかりました。
心の安全基地を持っている人は、失敗しても何とかなると思えるので挑戦していきますが、そうでない人は拠り所がないので、挑戦しにくいということです。
最近は、格差拡大や子どもの自殺も問題になっているので、子どものサポートや環境づくりこそが大切だという意識になりました」
「こども食堂」に来られない子どもに…
2017年に、佐々木さんはNPO法人を立ち上げ、当初は地域での講習会やワークショップを開催してきました。
「ただ、そういう会に来る親子の多くは意識が高く、本当に問題があり、来られない人との格差がますます広がるのではと疑問を抱きました。
そこで、最初にこども食堂を思いついたのですが、もっとゆるやかで、学校でも家庭でもない子どもたちが気軽に立ち寄れる場をつくれないかと考えました。
こども食堂は素晴らしい取り組みで、否定するつもりはまったくないのですが、申し込み制だったり親の同意が必要だったり、多少のハードルがあります。
それよりも子どもだけで気軽に立ち寄れて、お互いに名前は知らないけれど、大人も何となく見守れる場所として駄菓子屋がいいと思いました」
効率や秩序が求められる店ではなく…
実際に駄菓子屋を運営してみて、こんな“効用”や“発見”があったそうです。
「現代の子どもたちがお菓子を買うのはコンビニやスーパーで、そういう場ではどうしても効率や秩序が求められます。
“1個だけにしなさい”とか“後ろに人が並んでいるから”と、急き立てれることもあります。
そういう意味では、うちの駄菓子屋は、子どもたちが集まり、自由に選んだり、お金の計算をしたりしながら買い物ができます。
ここでは主導権が子どもにあるのです」
取材に訪れた日も、ママが離れたところから見守りながら、子どもが自分で駄菓子を選んでいる光景が。パパに連れられて来た子どもいました。
「休日になると、パパの割合がさらに増えますね。うちの店では、ママは見守り、パパは一緒に楽しんでいる傾向がありますね」
学校支援員としては…
子どもたちにできる格差を懸念する佐々木さんですが、駄菓子屋を運営する他に、学校支援員という顔もあります。
「小学校で発達障がいなどの児童をサポートしています。妻がしていた時期があったのですが、私もこの2月から始めました。
ただ、私たちがサポートできるのは基本的に診断名がついている子どもたちです。
なかには、診断名がつくことに抵抗があったり、病院などに行く余裕すらない家庭の子どももいるようなので、できる限り気を配り、声かけなどを意識しています」
自身も小学2年生の女の子と4歳の男の子を育てながら、理学療法士、駄菓子屋、学校支援員を務める佐々木さん。
理想に燃えながらも、気負いがない雰囲気が子どもたちに安心感を与えているのかもしれません。
学校と連携して専門性を出したい
今後は、駄菓子屋をどう運営していくつもりなのでしょうか?
「医療従事者として、私たちの専門性をもう少し出したいとは思います。
病院や学校に相談するほどではない親からの悩みを聞いたり、家庭に問題がある子どもの話をじっくり聞いて、信頼関係を築くことです。
さらに、学校と連携して、私たちの専門性をできる範囲で少しでも活かしてもらえればと思っています。
妄想を言わせてもらえば、味噌汁などを提供して栄養も与えられる駄菓子屋になれればと(笑)」
単なるノスタルジーではない、新しい時代の“駄菓子屋のおにいさん”の気概が伝わってきたました。
PROFILE 佐々木隆紘さん
1987年、神奈川県生まれ。専門学校卒業後に整形外科の理学療法士に。NPO法人presents代表。2021年、駄菓子屋かしづきを開店。学校支援員で公認心理師。妻・明日香さんも元理学療法士。
取材・文/CHANTO WEB NEWS 写真/CHANTO WEB NEWS、佐々木隆紘