「子どもの自立に必要な力」をそれぞれの専門家に伺う「自立力の育て方」特集。自立後の人生を健康的なものにしてくれる「食育」の実践方法について、フランス料理の人気シェフ秋元さくらさんに伺います。
「家庭の楽しい食卓の記憶が食育への第一歩」と話す秋元さんは、「ペットボトルのふたが開けられない?」と20代の若手スタッフの握力のなさに驚いたことがあるそう。
子どもには握力をつけてあげたいと、4歳の娘さんと一緒に料理をはじめたところ、今では包丁をしっかり握り、硬い食材の調理にもチャレンジしているのだとか。私たちが「食」を通して子どもにしてあげられることについて、いろいろな角度からお話を伺いました。
レンコンも切れる4歳の娘
── 娘さんと一緒に料理をされていると聞きました。どんなことをしているのですか。
秋元さん:ホットケーキを一緒に作ったり、味噌汁の具を切ってもらったり、といったことですね。今は包丁でにんじん、じゃがいも、ごぼう、レンコンなどが切れるようになりました。
── 4歳で硬い野菜が切れるなんてすごいですね。
秋元さん:最近は、ひねるタイプの蛇口もほとんど見かけなくなり、若い人たちは握力を鍛える機会が減っていると思うんです。包丁で硬い野菜を切る機会を設けたら、娘は雑巾を絞ることもできるようになり、目に見えて握力がついてきたと感じています。
── 子どもに包丁を使わせるのが心配で、なかなか料理にチャレンジさせられない保護者は多いと思います。
秋元さん:保護者は、危険を回避させようと子どもに指示したくなりますよね。けれど、経験からいろいろ学んでもらいたいと思っているので、本当に危ないとき以外は手出ししないようにしています。
もちろん見ていてヒヤヒヤする場面もありますが、子どもにとって手先を使うことのメリットは大きいと思いますね。
基本は、本人がやりたいと言ったときだけ料理を手伝ってもらっています。以前は「やってみる?」とこちらから聞いていたのが、今は「何か手伝えることはある?」と娘のほうから言うようになり、自立心が芽生えてきたのを感じます。
味覚を変える薄味トレーニング
── 普段から、食材の味がいきる薄味にこだわっているそうですね。
秋元さん:はい、素材そのものの味を引き出す料理を作りたいと思っています。日本人は、メインの調味料がしょうゆと味噌なので、世界的に見ても塩分を取りすぎているんです。
塩分はむくみや疲れ、不眠に影響を及ぼすと言われているので、わが家では外食やレトルトなどで味が強いなと感じたら何でも「水」をたすようにしています。
また塩味を際立たせる料理には、甘みも多く使われているので、塩味を抑えると同時に糖分を抑えることもできます。素材の味に寄せることで得られる健康上のメリットは大きいですよ。
── 濃い味に慣れてしまった子どもや大人が味覚を変えることはできるでしょうか。
秋元さん:いきなり薄味にすると物たりなさを感じてしまいますが、少しずつ心がけていけば子どもも大人も変わります。
実は夫は、私と知り合う前はジャンクな食べ物が大好きだったんです。なるべく素材を味わえる料理を作っていたら、1か月後には「今まで食べていた市販のお弁当は濃い」と感じるようになったそう。以来、食事に対する意識は180度変わりましたね。
栄養素で意識すべきはたんぱく質
── 子どもの栄養の偏りを心配する保護者は多いです。食生活でこれだけは意識したほうがいい、などのアドバイスはありますか。
秋元さん:三大栄養素の炭水化物、脂質、たんぱく質は体をつくり動かす働きをしますが、なかでも、子どもにはたんぱく質を意識して与えるのがいいと思います。
炭水化物や脂質は、特に意識しなくてもご飯やパンなどから自然に摂れていますが、たんぱく質は難しいんですよね。
具体的な食材としては、卵や豆類、魚です。魚の脂のほうが肉の脂より体にやさしいのでおすすめです。
── やっぱり魚なんですね…。どういった献立が多いですか。
秋元さん:焼き魚や刺身もありますし、今は子どもが小さいのでほぐし身を使って炊き込みご飯にすることが多いですね。あとはシラスやツナも便利です。
ツナ缶の油は脂質ですが、血液をサラサラにするDHAも含まれていますし、そこまで気にしなくても大丈夫。
あまりガチガチにならず、なんとなく献立にシーフードが入っているな、という感じでいいと思います。そんなふうにして、私は週2〜3日は、魚を食卓に出しています。
── 魚以外はどうでしょうか。
秋元さん:子どもが好きな乳製品は脂質が多く、チーズなどを与えすぎるとぷくぷくとした体になってしまうので、その点も気をつけています。
たんぱく質のなかでも、ゴールデン食材と言われる卵をうまくアレンジしていけば、全体的な栄養バランスはしっかり取れるのでおすすめですよ。
苦手食材を克服しても寿命は延びない
── 子どもが嫌いな食べ物はどうすれば克服できますか?
秋元さん:娘の苦手なピーマンを細かく刻んで料理に入れたことがあります。気づかずに娘は食べましたが、だからと言って嫌いなピーマンが「美味しい」にはなりませんよね。
大人になって美味しさに気づく食材はたくさんありますから、嫌いな食べ物を克服させようと騙すようなことをしたり、無理に頑張ったりしなくてもいいかなと思っています。
── 子どもの頃は苦手だったけれど、大人になったら食べられるものって多いですよね。
秋元さん:今は食べられなくても、いつか苦味や酸味の魅力がわかる日はきますから、「焦らずにゆっくりやっていこう」と自分に言い聞かせています。
ピーマンが食べられたからといって、寿命が3日延びるかと言えば、そんなことは絶対にないので(笑)。
行事食は日本文化を伝えるチャンス
── 日本の行事食についてはどのようにお考えですか。
秋元さん:行事食は、日本文化や四季を子どもに伝えるチャンスですよね。
グローバル化する社会で生きていく子どもたちにとって、日本文化を知っておくことは、今後ますます大事になってくると思います。
行事食は、日本文化だけでなく、季節を感じられるものでもあります。春になれば食べたくなるもの、夏になれば美味しくなるものが、その時期体が求める栄養素だったりする。
難しいことをする必要はありません。桃の節句なら、「ちらし寿司やハマグリのお吸い物を家族で食べたね」という思い出を子どもにつくってあげられるといいですね。
子どもと一緒にイベントを楽しもうという気持ちが大切だと思います。
<前編>人気シェフ・秋元さくら「4歳娘が食べてくれない」ときの気持ちの切り替え方
PROFILE 秋元さくらさん
日本航空客室乗務員から料理の世界へ。2009年にソムリエである夫と共に東京・目黒に『モルソー』をオープン、2018年東京ミッドタウン日比谷に移転。現在、NHKのあさイチに出演中。テレビや雑誌などメディアでも活躍。著書は『もてなし上手のサラダ・レシピ』など。
取材・文/山田優子 イラスト/加納徳博 画像提供/秋元さくら