会話のできない重度の自閉症でありながら、文字盤ポインティングとパソコンでコミュニケーションを行っている東田直樹さん(29)。13歳で執筆した『自閉症の僕が跳びはねる理由』は世界30か国以上で翻訳され、117万部を超えるベストセラーになりました。東田さんは、中学は特別支援学校に通いましたが、高校で通信制の普通高校に行っています。4月2日は世界自閉症啓発デー。異例の決断をした理由を伺いました。

自分を見つめなおすために環境を変えたい

── 著書で小学6年生で普通学級から特別支援学校に転校し、中学は特別支援学校で過ごしたものの、高校からは再び普通高校(通信制)に進学されたとあります。珍しいケースだと思いますが、その理由をお教えいただけますか?

 

東田さん:
僕は小学生のとき、多動で席にも座っていられなかったこともあり、母が授業中もずっと付き添ってくれていました。

 

当時は特別支援教育の体制が今ほど整っていなかったです。母がひとつひとつ僕に丁寧に教えてくれたおかげで、いろいろなことを学ぶことができました。

 

僕は成長するにつれて自閉症の自分というものを意識するようになり、僕とみんなとの違いは努力だけでは埋められないことに気づきました。

 

僕は、もう一度自分を見つめ直すために環境を変えたいと思いました。特別支援学校には、さまざまな障害のある子どもたちがいて、たくさんの先生方が子どもの特性にあう授業をしています。そこでの4年間は、温室の中にいるように僕に安らぎを与えてくれました。

 

けれど、自分の将来を考え続けるなかで、僕はもう一度普通と呼ばれる人たちの中で勉強したいと思うようになったのです。

 

── 著書でもこれは「譲れなかった決断」として書かれています。詳しく伺えますか。

 

東田さん:
自分の人生なのだから、後悔のないように過ごしたいと思ったのです。

 

普通高校で学ぶことは僕には無理かもしれないと考えましたが、普通高校に通うことで、自分の知らない世界が開けるのではないかと思いました。

子供の頃の東田さん

希望はいつも地平線の向こうにある

── すごい決断ですね。人生観についてお伺いしてもいいでしょうか。これまで「人生は長い旅というよりは1つの物語だという気がします」と書かれていました。どんな感覚でしょうか。

 

東田さん:
旅には出発地と目的地があります。必ず終わりがあるというのは人生も旅も同じですが、人生は最初から明確な目的地に向かって歩いているわけではありません。

 

どちらかといえば、そのときの状況に応じてやるべきことを変化させています。いつ何が起きるかもわかりません。それは旅というより物語に近いのではないでしょうか。

 

── そんな感覚があるんですね。

 

私は東田さんの著書の中で「心が悲鳴を上げた時、そのはけ口をどこに持っていくかは人それぞれだと思いますが、たとえどんな困難に遭遇しても、いつかは乗り越えられると信じてください。けれども、全てが元通りになることを強く望んではいけません、刻々と過ぎていく時の中で、景色は常に変化しているからです」という文が好きです。

 

どうしてそのように感じるのですか。

 

東田さん:
一瞬たりともこの世に同じという状態はないからです。

 

時間とともに環境だけでなく人の心さえも変化します。苦しみにおぼれそうになっても、希望は、いつも遠くに見える地平線の向こうにあると僕は信じています。

東田直樹さんの描いたえ
東田さんの描いた絵

── 素敵な言葉ですね。著書の中で生きていく上で大事にしていることが2つあるとも書かれていました。「一つは、自分が悪い人間だとは思わないこと、もう一つは、何事も永遠には続かないと自覚すること、そうするとやり過ごすことができる」と。詳しく伺えますか。

 

東田さん:
自分が悪い人間だと思わなければ、自分を肯定することができます。自分を好きでいられるでしょう。きっと自分を大切にできると思います。

 

物事は時間が解決してくれることもたくさんあります。大切なのは次に希望をつなぐことではないでしょうか。

「ありのまま」は特別な言葉ではない

── 「友だちがいなくても人生を豊かにすることはできます」とも著書にあります。豊かにしてくれているものはどのようなものでしょうか。

 

東田さん:
友だちがいれさえすれば人生が豊かになるわけではありません。

 

友だちという人間関係に悩んでいる人もたくさんいます。趣味や仕事に生きがいを感じる人やひとりでいることを寂しいとは思わず、自由ととらえる人もいると思います。

 

自分らしく生きられれば、それでいいのではないでしょうか。

執筆する東田直樹さん
執筆する東田さん

── 自分らしく生きられることはいいですよね。 「ありのままの自分でいるというのは、成長するための努力をあきらめることではありません。今の自分にできる精一杯のことをやりながら、生き抜くことだと思っています」ともこれまで書かれています。今の東田さんにとってありのままはどんな状態ですか。

 

東田さん:
ありのままというのは、今の僕の中で特別な言葉ではありません。

 

ありのままという言葉をそれほど意識しなくても生活できているということが、ありのままの自分でいられる証拠になっているような気がします。

 

ありのままという言葉は、自分をさらけ出したいときに使うのではなく、自分の気持ちに正直にいたいときにつかう言葉だと思っています。

あなたの笑顔が子供の心を救う

── 最後にお母様、美紀様にお伺いさせてください。どうしてこのように東田さんの能力を開花させ、伸ばすことができたと思われますか。

 

美紀さん:
文章を書いているとき、直樹はとても楽しそうでした。私は直樹がやりたいことを応援してあげたかったのです。

 

書いた文章を褒めるだけでも十分だったのかもしれませんが、直樹の作文を読んでいるうちに直樹には特別な感性があることに気づきました。

 

そこで子ども用の作文コンクールに応募することを思いついたのです。コンクールであれば、テーマや枚数、締め切りも決まっています。

 

目標を持って書くことができ、専門家の先生にも評価していただけます。小学1年生から5年生までの間、応募を続けました。そこでいくつかの大賞をいただいたことがきっかけで、直樹の書いた物語が書籍化されました。

 

子どもの才能に気づいたとき、その時に取り組める小さな目標をひとつひとつ達成していけば、いつか大きな夢にたどりつくことができるのではないでしょうか。

東田直樹さんとお母様
美紀さんと直樹さん

── 大切にされたことは何でしょうか。

 

美紀さん:
目の前にいる直樹は、他の人から見れば自閉症者のひとりかもしれませんが、私にとって世界にひとりしかいない、かけがえのない大切な子どもだということです。

 

── ほかの自閉症のお子さんを持つ親御さんはどんなことをしたら良いでしょうか。

 

美紀さん:
自閉症だということにこだわり過ぎなくてもいいのではないでしょうか。

 

あなたの笑顔が子どもの心を救うことがあります。子どもにとっての幸せが「対応」だけで決まるわけではないと思います。まずは、お子さんとの暮らしを楽しんでください。

取材・文/天野佳代子 写真提供/美紀さん