ご当地レトルトカレーの平均価格は一般的に600円から700円前後。

 

「この金額感が理解されず、購入につながらないこともある」と語るのは、常時200種類以上のご当地レトルトカレーを販売する専門店「カレーランド」を運営する猪俣早苗さん。

 

「レトルトカレー」に対する世間の価値観への葛藤、地方創生の入り口になり得る可能性とは──。

「レトルトカレーは安い」という価値観への葛藤

「先日、百貨店の催事でご当地レトルトカレーを販売したのですが、値段を見てびっくりされる方がとても多い印象です。

 

『なんでこんなに高いの?』『ただカレーに牡蠣やお肉を入れただけでしょ?』なんていう声もありました」

 

市販のレトルトカレーと同じ土俵で比べられると、値段の高さに目がいきがちなのがご当地レトルトカレーの現状です。

 

猪俣さんが、「レトルトカレーは安い」という世間の価値観がまだまだ根強い、と実感したできごとでした。

 

「ご当地レトルトカレーは、スーパーに並ぶ大量生産のメーカー品とは違い、生産量が1000個程度とミニマム。そのため、どうしても値段が高くなってしまう背景があります。

 

それだけではありません。私が定義している『ご当地レトルトカレー』は、その土地の食材とその地域の魅力がしっかりとカレーに溶け込んでいること。

 

主役となるのは、具材となる“ご当地食材”。ここに、熱量と魅力がつまっているので、価格を抑えることが難しい状況もあります。

 

ただ、ご当地レトルトカレーの企画・販売をしているのは、自治体や地方のメーカーさん。最近では農家さんが作っている商品もありますが、それぞれ『これが一番!』と思う方法で、主役である“ご当地食材”をアピールしています。

 

食材のポテンシャルを一番知っている彼らが作ったカレーは、個性豊かな商品ばかり。

店内に入ると人気商品がランキング形式で並べられています(筆者撮影)

 

たとえばブランド牛を使ったビーフカレーでも、大きなお肉がどーんと入っているもの、ゴロゴロお肉が入っているもの、薄切り肉が入っているものなど、使用する部位や加工方法も商品ごとに異なります。

 

同じ味のご当地レトルトカレーはこの世に存在しないんです」

「もう後にはひけない…」猪俣さんの覚悟

価格の高さを理解してもらうためには、商品の魅力や生産工程をしっかりアピールしていくことが大切だと語る猪俣さん。

 

カレーランドに並ぶ200種類以上の商品はすべて実食済み、という徹底ぶりからもその覚悟が伺えます。

 

「実際に食べているからこそ、どんな味わいか、どんな具材が入っているのか、お客さんの好みに合わせて提案ができると思っています。

 

生産ロットが少ない商品も多いですから、以前食べた同じ商品でも味や具材が変化していることも少なくありません。

 

ここは、カレーランドのこだわりでもありますが、1度食べて終わりではなく、定期的に味の確認を行っています。販売店の責任としても欠かせないルーティンのひとつですね。

店内には、味の感想がぎっしり書かれたポップが並ぶ(筆者撮影)

 

お店の経営が厳しくないかと聞かれたら、何度お店を畳もうと思ったか、数え切れません。

 

ですが、カレーランドがなかったら、首都圏に卸先がなくなり、地方メーカーや生産者さんが困ってしまう。そう思うと、『もう後にはひけない』という覚悟と使命感が湧いてくるんです。

 

発注もFAXしか対応していないメーカーさんもいますし、たったひとりで作っているメーカーさんもいます。アナログな部分も多い世界ですが、その熱意に応えたい。

 

私たちを応援してくださるファンの皆さまにも支えられながら、お店を運営しています」

地方や自治体とのタッグで新商品開発も

そんな猪俣さんを信頼するのは顧客だけではありません。自治体もそのプロデュース力に期待をしており、タッグを組んでご当地レトルトカレーの開発を行っています。

 

「昨年販売された『郡山の鯉カレー』は、鯉の養殖の生産量が全国1位の福島県郡山市役所からの依頼でした。

福島県郡山市役所と共同開発した『郡山の鯉カレー』

 

地元でもなじみある『鯉のうま煮』と同じイメージで、鯉の骨まで食べられるカレーを目指しました。

 

養鯉場の奥さまの提案で味はトマトベース。臭みもありませんし、身はふわっとしていて、骨はもちもちというおもしろい食感になっています。

 

この商品は、販売から1か月で1000個が完売。今まで鯉を食べたことがないという方にも、興味を持ってもらえるきっかけになったのは嬉しかったですね」

 

また、2019年に発売された茨城県常陸太田市の『にんにくスプラウトカレー』は、介護施設を運営している『いばらきケア』さんから、生活機能訓練の一環としてご相談いただいたことから始まりました。

 

室内で安定的に栽培できる『にんにくスプラウト』を主役の具材に採用し、水耕栽培から、工場に送るにんにくスプラウトの選別、パッケージデザイン、印刷、梱包まで施設内で行っています。

茨城県常陸太田市の『いばらきケア』と共同開発した『にんにくスプラウトカレー』

 

「この商品は、施設が所有するキッチンカーでも販売しているんですよ。レトルトカレーなら調理もしやすいですし、施設の畑で採れた野菜をトッピングすれば、メニューも季節ごとに変化を持たせることができます。

 

このように新しい事業を生み出すお手伝いができたのは、とてもいい経験になりました」

「地域の食文化」発信の入り口に 地産都消を目指す

ご当地レトルトカレーの専門店としてだけでなく、メーカーとお客さんを繋ぐ役割も担うようになったカレーランド。

 

日本が誇るレトルトの加工技術とカレー文化を強みに、地域に残されている食文化を大切にしていきたい、と猪俣さんは語ります。

 

「そもそもレトルトカレーなら長期保存も可能ですし、販路も拡大しやすいため、“地産地消”を超えて“地産都消”できる商品になると考えています。

 

『地元にはこんなに美味しい“ご当地食材”があるのに…』と悩んでいる地方メーカーさんや自治体の方も少なくありません。

 

私たちは、そんな思いをご当地レトルトカレーに加工することで、たくさんの人に食べていただける機会をつくるお手伝いができれば、と考えています。

 

日本には1,718の市町村(2022年3月3日時点総務省調べ)に加えて、東京都には23区もありますから、それだけチャンスがある。地域の魅力や特産品をアピールするコンテンツとしての可能性も広がります。

 

それに、ご当地レトルトカレーはあくまでも入り口にすぎません。

 

日本の地域や食材を知るきっかけにとどまらず、その地域やご当地食材への興味が広がっていく。たとえば、旅行や食材の取り寄せの機会になれば、地域の活性化の一助になると考えています。

 

購入するという行動だけでも、生産者さんやその地域を応援できますから、食文化を守ることにもつながります。

 

日本の“ご当地食材”に注目が集まれば、暮らしの中の選択肢や毎日の買い物にも変化が起こっていくのではないでしょうか。

 

ご当地レトルトカレーを地方創生の文化として根づかせる。そんな価値観が広がっていくように挑戦していきたいです」

 

PROFILE 猪俣早苗さん

ご当地レトルトカレーマニア。ご当地レトルトカレー協会代表、専門店『カレーランド』運営。ご当地レトルトカレーに関する商品開発、コンサル、イベント企画など幅広い活動を行っている。これまで食べてきたご当地レトルトカレーは2500種類以上。

取材・文/つるたちかこ 写真提供/カレーランド