毎年3月2日は、「ご当地レトルトカレーの日」。
1月22日が「カレーライスの日」、2月12日が「レトルトカレーの日」と続くことから、3か月連続カレーの日で盛り上げたいと、一般社団法人・ご当地レトルトカレー協会が制定した記念日です。
もともとカレー好きではなかった主婦がなぜ?
「もっとたくさんの人にご当地レトルトカレーを知ってもらいたい。記念日を制定したら注目も集まるだろうと思って、2018年に『ご当地レトルトカレーの日』として申請しました」
そう語るのは、この記念日を制定した、東京西浅草にあるご当地レトルトカレー専門店『カレーランド』を営む、猪俣早苗さん。
テレビ番組や数々のメディアでも取り上げられ、通販も人気。全国のファンから注目が集まるお店です。
そんな猪俣さんは、もともとカレー好きではなかった、というから驚きです。
「我が家は3人家族なのですが、実は夫だけがカレー好きでして。どちらかというと私はそうでもなかったんです。
お鍋でカレーを作っていても食べ切れないし、何食か続くと飽きてしまうので、よくレトルトカレーを個食対応として食べていました。
ご当地レトルトカレーに出会ったきっかけは、実家の母からもらった、島根旅行のお土産。5種類ほどのご当地レトルトカレーだったんですよ。
とにかく夫は喜んでいたのですが、そのなかのひとつにあった『奥出雲和牛カレー』が『おいしい、おいしい!』ってものすごく感激していまして(笑)。
母が買ってきてくれたレトルトカレーは、同じものがなかったので、夫がそれほど感動する味が気になってしょうがなかった。それくらいとてもインパクトのある出来事でした。
私も 、試しに残っていた他の種類のレトルトカレーを食べてみたんですけど、入っていた具は小さいし、夫ほどの感動がなかったんです。その差に、すごく衝撃を受けたのを覚えています」
このことをきっかけに、猪俣さんのご当地レトルトカレー人生がスタート。
「調べてみると、ご当地の食材をPRするために全国で300種類くらいのご当地レトルトカレーが作られていると知りました。
これくらいなら全制覇できるかも…と思って色々と食べ始めたのが始まりかもしれません。
ご当地レトルトカレーは、食べて感動するものもあれば、パッケージと具の量がまるで違うものもあります。正直口に合わないものだってあるし、びっくりするような具材が入っている商品もあるんですよ。
旅行のたびに産地直売所や道の駅を巡りつつ、通販も利用しながら見つけた商品を夢中で食べ比べていました」
そして、当たり外れの多いご当地レトルトカレーのなかから、本当においしいカレーだけを提供する飲食店をやろう! と、2013年『カレーランド』を開業します。
夫の「脳梗塞」が転機に 夢だった飲食店を開業
飲食店をオープンさせたことも「振り返れば、勢いもあった」と笑う、猪俣さん。とはいえ、お店を開いた背景には、旦那さんの病気の影響も大きいといいます。
「夫は当時、タクシー会社を経営していたのですが、脳梗塞を起こしてしまったのもあり、体調の不安もありました。
このままストレスを抱えて働き続けても、夫の寿命を縮めることになるかもしれない。それだったら『いつか飲食店をやりたい』と語っていた夢を叶えようかって話になったんです。
夫はもともとレトルトカレーが好きですから、『2人でご当地レトルトカレーを温めて提供するお店をしよう』とトントン拍子に話が進んでいきましたね。
お店を始めてからは、周辺で働くビジネスマンたちにも好評で、常連さんもついてくれたんです。
でも、当時は外食でレトルトカレーを食べるという文化が全くなかったので、大繁盛にまではなりませんでした」
店舗設備の老朽化も重なり、2年後には移転を決意。
専門店が立ち並ぶ合羽橋のメイン通りから一本入った路地にお店を構え、物販だけの店舗として2016年に『カレーランド』をリニューアルオープンさせました。
「実は物件選びはものすごく大変でした。カレー専門店の物件を探している、と不動産屋に伝えると、においを嫌がられてしまうこともありました。私たちのお店は、その場でカレーは食べられないお店なんですけどね。
どのエリアに出したらいいか正解がわからなかったけれど、今はこの場所にオープンできて良かったと思っています。
人通りも穏やかなので、買いに来てくれたお客さんひとりひとりと向き合えますから」
家族の愛が詰まったオリジナル商品『カレーですよ』が誕生
お店を始めてから、毎食お昼はご当地レトルトカレーを食べているという猪俣さん。通算でカウントすると2500種類以上!それだけにとどまらず、家族の過ごし方も変わったといいます。
「コロナ前には、年に数回地域を決めて、家族3人でご当地レトルトカレーを探す旅に出かけていました。
車に乗って全国の道の駅を巡りながら収集していくのですが、ある種の恒例行事というか、家族旅行の代わりみたいな位置づけです。
現地に行くとインターネットの情報には載っていない情報もたくさん知れますし、ご当地レトルトカレーを通じて、地域の食材を教えてくれることもあります。
お店を始めた頃は高校生だった息子も、一緒にこの旅を楽しんでくれていたのはよかったですね。『これ仕入れたらいいんじゃない?』なんて提案してくれることもありました」
そんな猪俣さんご一家は、自身でもオリジナルレトルトカレー『カレーですよ』も企画・販売。
「味の開発は、カレー好きの夫とこだわりをもって制作しました。パッケージは、若い人にも手に取ってもらいたいと思ったので、息子の意見も取り入れてデザインしています。
この商品は、東京都を代表するご当地レトルトカレーとして、販売しています。
実は、記念日は制定して終わりとはなりません。それに伴う活動もしていかなければ取り消されてしまうんですよ。
コロナ流行前は『ご当地レトルトカレーフェスティバル』などのイベントも積極的に行っていましたが、現在は、お店の運営に加えて、情報発信や百貨店さんなどの催事に参加しながら、日々コツコツと活動を続けています」
ご当地レトルトカレーを通じて出会えた人々との縁
お店を始めて9年、記念日を制定して今年で4年目の道のりのなかには、たくさんの出会いもあった、と猪俣さんは振り返ります。
「2016年に熊本地震があった後、たまたま通りかかった熊本出身のお客さんが『ここに熊本のカレーがあるんですね』って、嬉しそうに話しかけてくれたんです。
東京にいながら、ご当地レトルトカレーを通じて地域を繋げることができた、と実感できた出来事でした。
また、ご当地レトルトカレーは大手メーカーが生産するものと違って、生産量が少ない。なかには、この前まであったのに、生産終了してしまうカレーも少なくありません。
個人的に推していた、茨城県が発売している『ほしいもカレー』が存続の危機のときは、お店をやっていて本当によかったですね。
直接メーカーさんに『カレーランドでぜひ販売させてください!』 と連絡したのがご縁につながり、危機を救うことができました。
ニッチな世界ですから、厳しい状況ももちろんあります。ですが、カレーランドというお店があることで、地方の生産者さんの力になれるのはすごく嬉しいですね。
記念日もご当地レトルトカレーを知るきっかけになった、との声も聞くので制定してよかった。私にとっては、『これからも頑張っていかないと!』って気合いを入れ直す日でもあるんですよ」
PROFILE 猪俣早苗さん
取材・文/つるたちかこ 写真提供/カレーランド