保育園に子どもを迎えに来た保護者が、事務所で夕飯用のお弁当を買っていく──。東京都小平市の花小金井愛育園では、お迎えのついでにお弁当を購入することができます。
実はこのお弁当、近隣の販売所で売れ残ったもの。食品ロス解消にもつながるこのサービスを始めた、園長の定時さんにお話を伺いました。
忙しい保護者の具体的な手助けに
── 園内でお弁当を販売する試みは画期的ですね。業者は食品ロスを出さずに済むし、保護者は値引き価格で購入できる。販売しているのはどういった売れ残り品なのでしょうか。
定時さん:
近隣に農協の販売所があるんですが、そこの営業時間が16時までなんです。そこで売れ残った商品を販売業者の方が届けてくれるので、保育園の冷蔵庫で保管し、職員たちが販売しています。
また、業者さんが構えている店舗でも販売は基本的に17時までなので、そこで売れ残ったものは同様の流れで販売しています。
販売する日はだいたい10〜20個ほど入ってくるのですが、16時頃から販売を開始して、18時前には完売していることが多いです。お迎えが遅いご家庭に需要があるのかなと思っていたのですが、意外とお迎えの時間は関係ないようですね。
── お弁当の日があると、夕食を作る立場の保護者は気持ちがラクになりますよね。一方で、「またお弁当買ってる」といったふうに見られないかなど、周囲の目を気にしてしまうこともあるような気がします。
定時さん:
手抜きをしてはいけないと思われる親御さんもいらっしゃるかと思いますが、頑張りすぎてイライラしてしまうより、手抜きをすることで時間や心に余裕が生まれ、笑顔になれることのほうが断然、大切だと思います。
手抜きをするとお子さんがかわいそうと思う方もいるかもしれませんが、正直あまり子どもたちは気にしていません(笑)。それどころか、「今日、お弁当買って帰るでしょ?」なんて楽しみにしていますよ。
── 「育児は頑張りすぎなくていいよ」と声をかけてくださる方もたくさんいますが、保育現場でのこのような取り組みは、具体的な手助けになりますね。
定時さん:
そうですね、お弁当販売を通して、忙しい保護者の方々に「頑張りすぎなくていいんだよ。笑顔でいられる方法を見つけて」ということを伝えたいです。
「夕食作る時間がない!」保護者目線の気づき
── 定時さんご自身も、小さいお子さん2人の育児中だとか。
定時さん:
現在、2歳と0歳の子育て真っ最中です。今は育休中ですが、やっぱり仕事をしていると食事の準備が大変で。
なるべく出勤前の朝に夕食の準備まで済ませるようにしていましたが、忙しくてできない日もありました。
── 保育士さんはシフト勤務で夜が遅くなることもありますよね。
定時さん:
遅番の日は、帰宅が20時近くになることも少なくないですね。
自身の経験から、子どもを迎えに行くついでにお弁当が買えたら便利だな、保育園でお弁当販売ができないかな、と考えるようになりました。
何か手段はないか、顔の広い知人に相談したところ、意欲的な業者の方を紹介してもらえて。そこからはとんとん拍子に話が進んでいきました。
まずはお試しで1か月間やってみようということでスタートしたのですが、「助かる!」「おいしいうえに安い!」と想像をはるかに上回る盛況ぶりで、すぐに継続を決めました。
責任論からでは新しいことは始まらない
── お弁当の内容など保護者はどのように知るのでしょう。
定時さん:
メニューは日によって変わるので、LINEのオープンチャットで告知しています。Facebookも使っていましたが、LINEだと通知と同時に情報を届けることができるので便利です。
また、登園降園の記録をする打刻機器のそばに、メニューの掲示もしています。Facebookでのメニュー共有も現在並行して続けているので、それを印刷したものを使用しています。
── 金銭の授受などは煩雑ではないのでしょうか。
定時さん:
支払い方法はPayPay、d払い、au PAY、現金の4種類。現金以外は直接業者側に入金されるので、売上管理の負担も保育園側にはほとんどありません。
── そもそも保育園で食品を販売することは、食品衛生上問題ないのでしょうか。
定時さん:
市役所の保育課と保健所に問い合わせたところ、すでにでき上がったものを販売するだけであれば、温度を保てる大きな冷蔵庫と手洗い場があれば問題ないと言われました。
幸いうちの保育園には給湯スペースがあるので、そこを活用することで支障なくはじめることができました。
── 万が一食中毒が起きたらどうしよう、などといった心配はありませんでしたか?
定時さん:
衛生面でもし問題が起きた場合、責任は調理をしている製造業者側になるので、そうした取り決めは最初に確認をしました。
また早めに召し上がっていただくということを基本ルールにしています。
でも、責任の所在を突き詰める価値観に縛られたり、まだ起きていない問題の心配ばかりして慎重になりすぎると、新しいことはなかなか始められないと思います。
実際、他の園ではそうした問題で販売を断念したところもあると聞きました。ありがたいことにうちの園は、職員全員が今回の取り組みに前向きで、保護者の方もそれを温かく見守ってくださる雰囲気があったので、のびのび挑戦することができています。
セミバイキングで残食を減らす
── お弁当販売以外でも、「食」を通じた取り組みをされていますね。
定時さん:
幼児クラスは、セミバイキング形式で食事をしています。これは、卒園までに自分の食べられる量がわかるようになることを目標としています。
4歳ぐらいになると「今日、朝ごはん食べ過ぎたからお昼は減らす」と自分のおなかと向き合って食事ができるようになり、残食を減らすことにもつながっています。
今保育の現場では、コロナ禍でマスクをすることが当たり前となっています。口元が見えず表情が読み取りにくくなることや、三密を避けることで触れ合いが減ることが、子どもたちの成長に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されています。
もちろん感染対策には気を配っていかなければいけませんが、こんなときだからこそ、できる限りさまざまな体験をする機会を設けたいと考えています。
最近では、焼きいも体験や、砂場に葉つきの野菜を埋めて収穫体験を行いました。
まだ経験は浅いかもしれませんが、私にとって保育は本当にやりがいのある仕事です。子どもたちのおなかだけでなく心も満たし、成長をサポートしていきたいと思っています。
PROFILE 定時知子さん
花小金井愛育園園長。保育士資格取得後、東京都内の幼稚園や保育園での勤務を経て、2015年4月より現職。