日本の子どもたちが置かれている状況に、尾木ママの愛称で親しまれている教育評論家の尾木直樹さんは、コロナ禍の今、教育の抜本的な改革が必要だと話します。

集団の一斉主義に子どもも親も追い詰められる

──コロナ禍で学校が休校になることもあり、子どもたちは自宅での学習時間が増えていますね。

 

尾木さん:

子どもたちに自宅で学習用のプリントなどを渡して、そのあと学校でテストをしますというのは、学校では教えていない内容を評価するということなので、本来は間違っていると思います。今は止むを得ないから「特例措置」だと言われても、果たして親御さんたちはどう思うでしょうか?

 

オンライン授業が自治体によっては導入され始めていますが、そうはいっても普及はまだまだ。家庭学習の体制が整っていないとなると、親が学校の先生の役割を担わざるを得ません。しかし、このままいくと親子関係は崩れてしまいます。家庭に学校と全く同じ価値観を持ち込んでしまうのは、危険なことなのです。

 

本来、親は子どもに共感したり寄り添ったりする存在であるべきです。でも、学校での学習や支援が十分でなく、ましてやそれで成績がつけられてしまうとなったら、親も学習支援に乗り出さざるを得ません。

 

心配のあまり、親はつい厳しく言いたくもなりますよね。ところが、子どもにとってはたまったもんじゃないですよ。学校が休校になることで宿題や詰め込み学習で追いまくられているのに、家でも学校と同じものさしで測られる。もう居場所が無くなりますよね。こういうことは間違っていると、私は憤りを感じています。

──点数や成績が気になる親の気持ちもわかります。

 

尾木さん:

先生方や保護者が追い詰められるのは、日本の教育が、集団・一斉主義だからだと思います。一斉に授業を行い、テストがあり、序列がついてしまう。学年主義、履修主義とも言いますが、義務教育の間は出席日数に不足がなければ成績にかかわらず進級・卒業を認める制度になっています。

 

これとは対照的なものが、個別の修得主義で、教育の目標に照らして一定の成績を修めていることを条件として進級・卒業を認める考え方です。修得したら次に進んでいくという制度ですけれども、日本の公教育ではほとんど実践できていません。つまり、個別教育になっていないのです。ここからの脱却が大きなテーマだと思っています。

 

──すべてが一律であるのに、順位がつけられるという矛盾した現状があるのですね。

 

尾木さん:

何か問題が起きて大学受験の追試を行う話になると、試験の公平性を保つためには…ということが議論になりますよね。でも、そこまで公平を追求しすぎなくてもいいのではと思います。

 

要は、入学希望者と大学とのマッチングが大事で、高校と大学が連携して、原則的にはその子に意欲があって大学のコンセプトに合っていれば合格を決めたらいいと思うんですね。大切なのは、入学した学生がいかに意欲的に大学生活を送るかです。

 

たとえばオランダは、一定の基準はありますが希望者数が多ければ医学部も抽選なんです。日本のようにほとんどが1回または少ない受験回数で入学希望者を振るい落とすというのは間違っていると思います。大学入試共通テストを複数回行っていて、いちばん得点が高かったものを採用している国も珍しくありません。

世界レベルで見ても、日本の大学の国際競争力は落ちていますよね。私が大学で教えていたときに、外国人留学生から「なんで日本人の学生は勉強しないの?」とよく聞かれました。

 

日本では大学は入れば終わり、そこでゴールという考え方もまだ根強いんですね。競争主義、偏差値主義になってしまうと合格することが自己目的化されてしまって、本来の目的、つまり、大学で何を学ぶのかを履き違えてしまいます。世界的に見ても、これからは学歴よりも、何を学んだかという「学習歴」が問われる時代です。日本の教育は抜本的な構造の改造が必要だと思います。

自己決定が自己肯定感を高める

──子どもの自己肯定感を高めていくにはどうしたらいいのでしょうか。

 

尾木さん:

自己決定をする機会を増やすことが必要だと思います。親や、塾や、学校の先生から情報やアドバイスはもらうけれども、最後は自分でこうするという自己決定をしていかないと、自己肯定感は高まりません。

 

どんなに素晴らしいと言われる学校に入ったとしても、必ず問題点はあります。ちょっとつまずいてしまった場合、学校を自分で選んだのでなければ、親や先生のせいにしてしまいがちです。でも、自分で決めたことなら責任感も生まれますし、困難が出てきても頑張れます。自分の人生ですから、進路選びなどの重要な決定はぜひ、自分自身でしてほしいですね。

 

それと、他者との比較ではなく、過去の自分との比較ができるようになってほしいと思います。闘う相手は、周りの友達でも全国の受験生でもなく、自分自身なんです。順位や勝ち負けにとらわれすぎず、自分と向き合えるといいですね。

 

──受験シーズンの今、一喜一憂しているご家庭も多いと思います。

 

尾木さん:

第一希望に落ちたとか滑り止めに落ちたとか、そういった言い方は決してしないでほしいですね。複数校受験するのであれば、それぞれの学校について、この学校にはこういう良さがあるから志望しているということを紙に書くなどして明確化して、受験に臨んでほしいです。

 

これは子どもにとっても学校にとっても大切なことです。ある子は第一志望で来ているのに、この子は滑り止めだったけど、という気持ちで入学してくるのでは、大きな温度差が出てきてしまう。学習意欲にも関わってきます。それに、どんな場所でも必ず新たな出会いがありますから、新しい生活に期待して、希望を持って4月を迎えてほしいですね。

 

PROFILE  尾木直樹

1947年滋賀県生まれ。教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」所長。中高の教師として22年間、その後、法政大学教授など22年間大学教育に携わる。「尾木ママ」の愛称で親しまれ、様々なメディアで活躍中。

取材・文/内橋明日香 協力/臨床教育研究所「虹」 写真提供/尾木直樹