東京大学前で大学入学共通テストの受験生らが刺された事件について、教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんは、コロナ禍で子どもたちが置かれている状況に危機感を抱いていると話します。

コロナ禍で子どもたちが置かれている状況

──事件を受けてブログでも積極的に思いを発信されていますが、尾木さんはこの事件をどう受け止めていますか。

 

尾木さん:

受験ノイローゼの高校生が起こした事件だとか、東大信仰の犠牲者だとか…単に受験生による事件ととらえるのではいけない問題だと思っています。

 

人間というのは本来、密になり、色々な場所に出かけて体験を重ね、仲間と語り合うなかで、本当に学びたいという意欲や関心が湧いてくるんだと思うんですね。

 

そこにブレーキがかかってしまったら、子どもたちは本来の学ぶ意欲を伸ばせません。そこにさまざまな受験だけの歪んだ価値観が重なれば、こういう事件に繋がっていきかねない危険性を身に染みて感じました。ですから、一歩間違えばどこの学校で起きてもおかしくないのではと危機感を覚えています。

 

コロナ禍で、すべての小学校、中学校、高校、大学、そして保育園や幼稚園などの乳幼児まで、子どもたちの学びや成長は致命的なダメージを負っているのだと思いますよ。

──現在、オミクロン株の流行で、全国各地で学級閉鎖や学校閉鎖が相次いでいますね。

 

尾木さん:

学校が休校になったとしても教育活動はストップしない、というのが原則であってほしいです。密になるな、マスクの着用義務、黙食。全般的になんでも禁止されている子どもたちは心も体もズタズタになっていると思います。

 

学校では鬼ごっこも禁止、おしくらまんじゅうも禁止。先日、文科省が発表したデータを見ても子どもの体力が落ちていることがわかります。具体的な事例を聞くと驚きますが、100メートル走でゴールできた小学4年生の子がクラスで数人しかいなかったという話も聞きました。

子どもたちの心や発達への配慮もそこまでされていないと思います。乳幼児の間に形成される喜怒哀楽の感情や表情もうまく伝わりません。保育士さんなどもマスクをしていて表情もわかりませんから、マスクでお互いの表情がよく見えないことによる子どもたちのトラブルも起きているといいます。小さい子どもは自分から上手に発信することもできません。

 

フランス政府は、透明になっていて口元が見えるマスクを2020年9月に保育園や学校に配ったそうです。日本は気象庁の記者会見などで、聴覚障害者の方に情報を伝えるために口元が見えるようにと透明のマスクなどを使っていますが、子どもとの関係のなかではあまり話題になってきませんね。子どもを置き去りにしている日本社会なので、私はこれではいけないと伝え続けたいです。

大切なのは、授業時間数の確保より子どもの声に耳を傾けること

──新型コロナウイルスへの感染防止対策は非常に重要ですが、それによる目に見えない子どもの心・成長へのマイナス影響にも私たちはもっと関心を向ける必要がありますね。

 

尾木さん:

日本で心配されたのは、休校の間に失われた授業時間数をどう取り戻すかということ、そればかりでした。私は、本質的な学びが生き生きと機能しているかということの方がはるかに大事で、時間数にだけとらわれるのは違うと思います。

 

本来だったらさまざまな経験ができる夏休みを短くしたり、朝読書の時間や、昼休みまで削ったりして6時間目や7時間目の授業を捻出するというのは本当に大きな問題です。学校は子どもが主人公なのに、まったく子どもの声を聞いていません。長い目で見た時の子どもの成長や発達への影響が心配です。

 

ピンチこそチャンスと捉えて、ディスタンスを取れるよう工夫して種目ごとに独自のルールを作ったで運動会を楽しんだり、私もアバターになって参加しましたが、VRで文化祭を工夫したりした学校もありました。感染防止でさまざまな制限がかかる中、教育現場も苦労されていると思いますが、子どもの意見を聞いて、素敵な取り組みをされている学校は各地にあります。

 

先日、都内の小中学生に話を聞く機会がありましたが、子どもたちは相次いで色々なことが中止されるこの状況に憤っていました。子どもも大人も遠慮しないで、発言してほしいと思います。私も皆さんの代弁者として声をあげ続けたいと思っています。

 

PROFILE  尾木直樹

1947年滋賀県生まれ。教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」所長。中高の教師として22年間、その後、法政大学教授など22年間大学教育に携わる。「尾木ママ」の愛称で親しまれ、様々なメディアで活躍中。

取材・文/内橋明日香 取材協力/臨床教育研究所「虹」 写真提供/尾木直樹