「乳がんは若い世代を直撃するがんで…私もそのひとりです。けれど、早期に発見すれば9割以上が治る。ぜひ恐れずに検診に行ってほしい。」
そう話すのは、今から9年前、28歳のときにステージ2の乳がんと診断されたKokoさん(37)です。すぐに手術に臨みましたが、わずか4か月で再発。右胸の全摘出、抗がん剤治療、放射線治療などつらい闘病生活を乗り越えた、がんサバイバーのひとりです。
9人に1人が乳がんになると言われる時代(※1)。日本では乳がんの死亡率が増加しつづけている一方で、検診の受診率は35%程度と(※2)、70%以上の欧米諸国を大きく下回っています(※3)。
日本での闘病生活を乗り越え、現在はニューヨークの法科大学院に留学しているKokoさんに、日米の検診に対する意識の違いや、サバイバーの1人として伝えたいことについて伺います。2月4日はワールドキャンサーデー(世界対がんデー)。がんについて考えてみませんか。
『マンモトラック』で気軽に検診を受けられるアメリカ
── Kokoさんが乳がんと診断されたのは28歳ですが、診断される以前に乳がん検診を受けたことはありましたか?
Kokoさん:
いいえ。まったく関心がなく、ピンクリボンの活動についても無知でした。
当時、イギリスのラジオ番組を聞くのが好きで、よく聞いていたのですが「乳がんの検診を受けましょう」というCMがしょっちゅう流れるんです。その度に「あ〜、早く次の曲いってくれないかな」と思っていて…。
今思えば、私は何度その大切な呼びかけを無視していたんだろうって。
── 実は私も去年初めて乳がん検診を受けたんです。日々の忙しさを言い訳にしていた気がします…。
Kokoさん:
うん、うん、わかります。
ただ、乳がんは30代後半から急激に増えるがんで、働きざかり、子育て世代を直撃するがんと言われています(※30〜64歳の世代では女性のがんによる死亡数で1位、年間約1万4000人が亡くなっており、年々増加傾向※4)。
なので、子育てや仕事に追われる忙しい女性こそぜひ検診を受けてほしい。その点、アメリカでは「気軽に」検診を受けられる工夫があると感じます。
── それはどんな工夫ですか?
Kokoさん:
ニューヨークでは「コロナ検査トラック」が道にとまっていて、誰でも気軽にコロナの検査を無料で受けることができるのですが、それと同じような感じで「マンモトラック」がとまっているんです。
近所にこんなトラックがあって、すぐに検査を受けられるとしたら、検査に対するハードルがぐっと下がりますよね。ローカルコミュニティのマンモグラフィー無料キャンペーンもよく耳にします。
アメリカでは「予防医療」の重要性が広く認識されていることに加えて、この「気軽さ」が受診率の高さにもつながっているのだと思います。アメリカの乳がん検診受診率は80%を超えています。
── 日本では、がん検診を受けない理由として「受ける時間がないから」と答える人がいちばん多いようです。
Kokoさん:
「時間」でいうと、マンモグラフィの検査って、検査自体はとても気軽で、5分で終わるんですよね。
── 1年に1回、たったの5分…なんですよね。
Kokoさん:
そうなんです。でも、子育てや仕事に追われる女性が「乳腺クリニックを予約して、病院まで行って…」となるとハードルが上がってしまう。
たとえば近所にこんなトラックがとまっていたら目につくし、サクッと検査できるなら「ちょっとやってみようかな」という人が増えそうですよね。
検査の重要性について広く知ってもらうことに加えて、日本では検査までの「ハードルを下げる」努力が必要なのかな、と思います。
皮膚の近くにできるがんだからこそ「セルフチェック」が有効
── 早期発見のために検診以外にできる事はありますか?
Kokoさん:
アメリカに来て、こちらのお医者さんに言われたのが「乳がんは皮膚の近くにできるがんで、大半の人が自分で見つけている。日本でもセルフチェックの重要性がもっと広まるといいね」ということでした。
内臓にできるがんは、知らずに進行してしまうことが多いですが、乳がんは「触る」だけで検査できます。「触る」だけで、自分の命を守ることができる。
お風呂に入ったときに、必ず触るようにして、変化がないか確かめる「セルフチェック」をぜひ日常のルーティンにしてもらえたら、というのが私の願いです。これも時間は5分とかからないと思います。
── 早期発見できれば、乳がんは「予後のいいがん」と言われていますよね。
Kokoさん:
はい。ステージⅠ(しこりが2cm以下、リンパ節への転移が認められない)の段階で発見できれば、5年生存率は100%、10年生存率は98%です(※5)。
がん=死ぬ病気というイメージが強いかもしれないけれど、乳がんに関してはお薬や治療法も進歩して、発見が早ければ「治るがん」だと言われています。
── 10年生存率が98%というのは本当に高い数字ですね。
Kokoさん:
はい。ただ、ステージⅡで88%、ステージⅢで63%、ステージⅣで19%と数字が下がっていくので(※6)、「早期」に見つけることが本当に大事です。
セルフチェックと検診で1人でも多くの女性に早期発見してほしい。
胸を圧迫して撮影するマンモグラフィは「痛い、怖い」というイメージがあるかもしれませんが、進行してから受ける治療の痛みに比べれば本当に小さなものなので…。
── 個人差があるかもしれませんが、私は全く痛くありませんでした。Kokoさんが言う通り時間も5分程度でした。
Kokoさん:
そうですよね。なので、ぜひ気軽に検診を受けてほしいです。
乳がんは「治るがん」であることをぜひ多くの方に知ってほしいな、と思います。
本の出版を機にオープンにした乳がん 今「伝えたい」こと
── Kokoさんは20年5月に『がん宣告を受けたあなたへ 〜前を向くための3つのルール〜』を出版されましたね。本を書こうと思ったきっかけがあれば教えてください。
Kokoさん:
私はがんで右胸を失い、抗がん剤治療中は副作用で髪も失いました。「もしかしたら死んでしまうかもしれない」と最悪の事態を想定しながら治療は進みました。
当時28歳で、周囲の人が家庭をもったり、キャリアを積んだりする中で、私は「生きる」ということに向き合わなくてはいけませんでした。
何度も1人で泣いて、混乱や無力感を味わい、考えて挫折してを繰り返しました。
一方で、がんが教えてくれたこともたくさんあったんです。
最悪な状況をポジティブに転換するための気持ちの持ち方。「ない」よりも「ある」ことに感謝する気持ち。
そして、苦しいときに、何も言わずとも周囲の人が愛を持って支えてくれたことは、私の人生においてかけがえのない経験でした。
そんな私の思いや、辛い時期に編み出した思考の訓練のルールをシェアすることは、がんでなくとも、人生でつらいことがあったときの「ひとつの対処法」になるかな、と思ったんです。闘病を支えてくれた妹が「本を書いてみたら?」と言ってくれたことが、大きな後押しになりました。
── Kokoさんの本は人生を豊かに生きるヒントに溢れていました。出版されて、どんな反響がありましたか。
Kokoさん:
本の出版を機に、SNSで私の乳がんのことをオープンにしたんです。それまでは親しい友人にしか話していなかったのですが、闘病したことは私の人生の大切な一部になっていて、もう隠しながら人間関係を築くのは難しいなって。
公開した日は周囲の反応を聞くのが怖かったですが、翌朝起きたら、ポジティブなメッセージが溢れていました。
ずっと会っていなかった中学や高校の同級生も温かいコメントを寄せてくれて。「実は私も乳がんで…」と闘病を打ち明けてくれた人もいました。
本を書いて、病気をオープンにして本当によかった、と思いました。
── Kokoさんが今、みなさんに伝えたいことがあれば教えてください。
Kokoさん:
私は乳がんになるまで、かかった病気はインフルエンザくらいの健康体だったので、大病は他人事だと思っていました。でも残念ながら、女性の9人に1人は小さな数字ではありません。こうして私が自分の経験をオープンにすることで、1人でもいいので「検診行ってみようかな」って、そう思ってくれる女性が増えたら…。
早く見つけられれば早いほど、大変な治療も少なくて済みます。忙しい方は、ぜひセルフチェックから始めてみてください。
尊い人生がひとつでも多く守られることを願っています。
※本記事はKokoさんの体験をもとに記載しています。症状には個人差があります。
慶應大卒業後、大手金融機関に就職。28歳で乳がんの宣告を受け、現在も内服薬による治療を継続中。20年5月に「がん宣告を受けたあなたへ〜前を向くための3つのルール〜」を出版。Instagram(@kokoisabel_)でも体験記などを綴っている。
取材・文/谷岡碧 写真提供/Koko
参考/※1 国立がん研究センター情報 最新がん統計より
※2 厚生労働省 国民生活基礎調査 がん検診の受診状況より
※3 OECD Health Dataより
※4 国立がん研究センター情報 最新がん統計より
※5 ※6 国立がん研究センター 院内がん登録 5年生存率、10年生存率データより