いつまでもなくならない電車内の痴漢被害。しかし、ある取り組みで女子高生の9割以上が「電車で痴漢されなくなった」とのデータが出ています。それは、高校生と母親のアイデアをヒントにして生まれた“缶バッジ”でした。痴漢抑止バッジの普及活動を続ける、松永弥生さんに話を聞きました。
「娘がずっと痴漢に遭っていました」母親のSNS投稿がきっかけに
—— 松永さんが立ち上げた痴漢抑止活動センターでは、防犯グッズの“痴漢抑止バッジを広める活動をしていますね。なぜバッジを作ろうと思ったのでしょうか?
松永さん:
もともとは、私の友人とその娘さん(以下、たか子さん=活動名)が、痴漢対策のために手づくりのプレートを作ったことがきっかけでした。
たか子さんは、2015年に高校に入学してから毎日のように電車で痴漢に遭っていました。警察に相談したり、友人と一緒に帰ったりもしましたが、それでも痴漢に遭ってしまう…。
やむにやまれず、「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」と書いたプレートを母娘で作って、バッグの持ち手につけて電車に乗ったんです。そうしたら、痴漢に遭わなくなったそうです。そのことを、たか子さんの母親がSNSに投稿しました。
その投稿を見て、私は「ものすごい発明だ。これをつけて電車に乗った彼女は、本当に勇気がある」と思いました。でも、高校生がそこまでして電車に乗らないといけないと考えたら、切なくて…。その日のうちに、私から連絡を取って「これを缶バッジにして、みんなでつけられるようにしよう」と提案したんです。
—— なぜ、プレートではなく缶バッジにすることを考えたのでしょうか?
松永さん:
かわいい缶バッジにして、誰でもつけやすいデザインにすれば、たか子さんがたった一人で戦わなくて済むだろうと思ったからです。
プレートは痴漢抑止には効果があったのですが、良くも悪くも目立つため、周囲の目が気になってしまいます。たか子さんも、ほかの生徒に「痴漢だって相手を選ぶよな」とからかわれて、つらい思いをしていたようです。そうした経緯もあって、私とたか子さんの母親の二人で、缶バッジプロジェクトをスタートしました。
初めて缶バッジを作ったときには、アイデアはあっても、たくさんの缶バッジを作る資金も人脈もありませんでした。そこで、クラウドファンディングで資金を集めて、クラウドソーシングでデザインを募ったんです。
非常に大きな反響をいただいて、「本当に困っている方がこんなにいるんだ」とわかったんです。1回作って配布しておしまいじゃダメなんだと思って、その後も活動を続けてきました。
—— 活動は今年で7年目になりますね。最近の取り組みについては、どのような変化がありましたか?
松永さん:
痴漢抑止バッジを大阪の駅のコンビニやネット通販などで1つ550円(税込)で販売しているのですが、今年3月より無償配布します。私たちの活動に賛同して、毎月寄付されるサポーターさんが増えたこともあって、無償化を実現できるようになりました。
また、電車やバスで通学する中学や高校に無料で配るキャンペーンを行う予定です。これを実現するために、2021年12月よりクラウドファンディングも実施。バッジをつけることさえNGな校則の厳しい学校には、防犯グッズであることを認めてもらえるよう学校関係者に働きかけたいですね。
バッグにつけて意思表示する!“痴漢抑止バッジ”の効果とは
—— 痴漢抑止バッジを着用で、どのような成果があったのでしょうか?
松永さん:
2016年に、埼京線で通学している女子高生70名にモニターとして9か月間使ってもらいました。その調査では、94.3%が「(痴漢防止の)効果を感じている」と結果が出ました。
残りの5.7%の子は、「もともと痴漢に遭っていないので、効果は変わりませんでした」という回答。痴漢被害に遭った経験のある子は、みんな効果を感じたわけです。
—— 痴漢抑止バッジには、なぜそれほどの効果があるのでしょうか?
松永さん:
それは、加害者が「この子に痴漢するのはやめておこう」と思うからです。加害者は「どの子を痴漢しようか?」とターゲットをよく観察しています。そして、後ろから近づいたときに、このバッジが目に入ります。
バッジには“痴漢は犯罪です。私たちは泣き寝入りしません”と書かれていて、「この子は嫌がっているんだ」と認識し、痴漢を諦めます。
当センターでは、性犯罪加害者の治療に携わる斉藤章佳先生にアドバイザーとして協力してもらっています。斉藤先生が「こういうバッジをつけている子を見たらどうする?」と、治療を受ける元加害者の方に聞くと、「嫌だと言っている子には、痴漢しません」と答えたとのことです。
加害者は「この子なら抵抗しなそう」と思い込んで痴漢行為に及ぶ場合が多いそうです。なので、バッジを使って「私は泣き寝入りしない」と強い意思表示することで、痴漢に遭わなくなるんです。
—— なるほど…。そこで、加害者に対して「NO」と言えるバッジが役に立つのですね。
松永さん:
そうなんです。ただ、このバッジに対しては、世間からネガティブな反応をいただくこともあります。昨年8月頃に、「バカなバッジを作る団体がある」とSNSに意見が寄せられ、批判的なコメントが殺到。
そうしたら、ひとりの女の子が「私はこの痴漢抑止バッジをつけてから、痴漢に遭わなくなった。効果があることを知ってほしい」と書き込みをしてくれて。それで、批判の声がパタッと止んだんです。すごくありがたかったですね。効果があったと言ってもらえて、報われたなって思いました。
デザインコンテストで“みんなで痴漢問題を考える”
—— 痴漢抑止バッジのデザインは、毎年コンテストで決まっていますね。昨年の第7回デザインコンテストはいかがでしたか?
松永さん:
コンテストでは、デザインを学んでいる学生さんにバッジのデザインを考えてもらっているのですが、昨年は全国148校から1091作品の応募がありました。
審査員には大学生や中高生、一般の方々にも参加してもらいました。性暴力やジェンダー問題というのは、関心のない人に参加してもらうことが難しいジャンルなんです。そこで多くの方が参加できるように、コンテストを行っています。
今回の受賞作品で特徴的だったのが、1つのバッジの右半分に男の子、左半分に女の子を描いたデザインです。これまで製品化したバッジには、男子生徒を描いたデザインはありませんでした。
実際のところ、男子も痴漢に遭っています。“だれもが痴漢被害に遭っている”現状を、デザインする側も、選ぶ側も、みんなが真剣に考えてくれているのだなと感じましたね。
—— デザインコンテストを通して、どのような意見が届いていますか?
松永さん:
「マタニティーマークのように、デザインを統一したほうがいいのでは?」との意見もいただきました。そうしたほうが認知度は上がって、普及も進むと思います。実際、マタニティーマークも個人の活動から始まって、それを知った厚生労働省がデザインを作って、国土交通省を通じて配ったことで一気に普及しました。
ただ、痴漢抑止バッジに関しては、まずは「何のためのバッジなのか?」を皆さんに知ってほしいと考えています。そのためには、当事者を孤立させないことが大事です。
それをやらずにバッジの普及だけが進んでしまうと、当事者がトラブルに巻き込まれてしまうかもしれません。そういうことを防ぐためにも、コンテストを通して味方を増やしていきたいですね。
—— このプロジェクトは、私たち一人ひとりが痴漢問題を考えていくための活動なのですね。
松永さん:
私たちがこうした取り組みを行なっているのは、痴漢被害に遭っている子に対して「缶バッジをつけて自分の身を守りなさい」と言いたいからではありません。そうではなくて、社会全体の空気を変えていくこと。
このバッジのデザインをみんなで考えることで、性暴力について考え、“何をしてはいけないのか?”を知ってもらいたいんです。「私には関係ない」ではなくて、「社会全体で解決していくためのアクションをみんなで起こしましょう」と伝えたいですね。
PROFILE 松永弥生さん
一般社団法人 痴漢抑止活動センター・代表理事。2015年「痴漢抑止バッジプロジェクト」を立ち上げる。2016年1月に法人設立。性犯罪解決への取り組みをNPO、企業、警察、鉄道会社と協力しながら推進する。
取材・文/橋詰由佳 画像提供/一般社団法人 痴漢抑止活動センター