鉄道事業をはじめ、不動産事業や生活サービス事業など暮らしに密着した事業を展開する東急株式会社では、就業時間や日数を短縮できる「Y職責」を2016年度より設けています。

 

育児・介護・看護者ならびに鉄道現業職場の中高年の社員が選択できるこの制度について、ダイバーシティ推進担当の牧野さんと、労政担当の今村さんにお話を伺いました。

(左)人財戦略室 労務企画G 労政担当 今村葵さん、(右)人財戦略室 労務企画G ダイバーシティ推進担当 課長補佐 牧野彩さん(1児の母として在宅勤務やフレックスタイム制をフル活用し、育児と仕事を両立させてイキイキと働いている)

従業員の悩む声に応えたい

──法律で定められている時短勤務制度もありますが、御社の「Y職責」とはどのような制度なのか教えてください。

 

今村さん:

Y職責」は12時間または週休3日を限度として、就業時間や日数を短縮する働き方のことです。短時間勤務、短日数勤務、短時間短日数勤務の3つの働き方があります。

 

鉄道現業(鉄道の現場職)の中高年(55歳以上)の社員および育児・介護・看護といった制約を持つ社員が希望すれば選択できます。

 

──Y職責」を新設されたきっかけはなんですか?

 

今村さん:

誰もがやりがいを感じながら働き続けられる職場づくりを目指していくなかで、中高年の社員が個人の能力をより一層発揮できる環境を整備し、意欲的に業務に取り組めるようにと考え、そこにスポットを当てたのがきっかけです。

 

Y職責は2016年に新設した制度なのですが、当初は鉄道現業の中高年層のみが対象でした。

 

鉄道現場での勤務は、長時間電車に乗る仕事や、外での立ち仕事が多いため、かなり体力を使います。

 

そのため、定年近くの中高年層の社員から「体力的に厳しい」と悩む声が聞こえてきていました。

 

牧野さん:

一方で、自分の仕事に誇りを持っている人が多いため、「なるべくならこの仕事を続けたい」という声も聞かれました。

 

プロフェッショナルな人が多い職種でもあるので、希望者には引き続き活躍してもらいたいということで考えたのがY職責です。

 

今村さん:

この制度ができたことで、今までと役割や業務内容は変えずに所定労働時間を短縮できるようになったのです。

 

その後、育児・介護・看護により就労時間に制約のある従業員が増えてきたことや、各々のライフスタイルに合わせた働きやすい環境の整備への要求が高まってきたことを受けて、2017年に育児・介護・看護といった制約を持つ社員も選択できるよう、対象範囲を拡大しました。

課題はシフトと制度利用の兼ね合い

 

──現在、「Y職責」を選択されている方はどのくらいいらっしゃるんですか?また、Y職責の方の反応はいかがですか?

 

今村さん:

弊社は201910月に鉄軌道事業を分社化して、東急(株)と東急電鉄(株)になったのですが、弊社および東急電鉄合わせてY職責は20名程度で、その男女比はおよそ3:7、本社と鉄道現業の比はおよそ2:1となっています。

 

当事者からは下記のような声が聞かれています。

 

〈良かったこと〉 ・育児と介護の両立のためにY職責を選択しました。大変な中、家事の時間にゆとりができ、自分の気持ちも楽になりました。 ・夫婦ともに泊まり勤務のため、勤務調整をしやすくし、育児に注力したく、 Y職責を選択しました。仕事と育児の両立ができ、家族での会話の機会も増えました。

 

〈悩み〉 ・時間外の対応を周囲がやってくださっているので、周りの負担になっていないか常に考えている。 ・収入の減少は思っていたよりも大きい。

 

── メリット・デメリット両面からのご意見があるんですね。職場全体への影響についてはいかがですか?

 

今村さん:

チーム全体の業務見直しや効率化を図る機会となり、分担・協力体制が高まったケースもあります。

 

一方で鉄道現業はシフトで動いているので、勤務形態上、短時間勤務が難しい面があります。

 

鉄道現業については短時間よりも短日数を選択しているケースがほとんどなのですが、短日数かつ短時間にできないかという声もあがっているので、その点も今後検討していかなければならない課題となっています。

育児時短の先に1の壁にも対応できる

── 育児中の方の利用もありますが、育児時短ではなくY職責を選択されるのはどのような理由からなのでしょうか。

 

今村さん:

弊社の育児短時間勤務制度は、子どもが小学校4年生になった4月末まで利用できるのですが、Y職責の場合、子どもが23歳になる月までY職責の対象となります。

 

 

なので、最初は既存の育児時短を利用して、途中からY職責に変更する人もいますね。

 

牧野さん:

最近では、育児時短で仕事復帰して、子どもが小学校1年生になるタイミングでY職責に変更するというケースもみられるようになりました。

 

やはり小学生になると学童保育に預けられるとはいえ、もうちょっと親が家にいる時間を増やしたほうが、子どもが不安定になりにくいなどと考える家庭もあるようです。

 

Y職責は短縮できる時間自体は既存の育児時短と同じですが、週4日勤務にすることもできるので、たとえば週半ばの水曜日を休みにして子どもの習いごとや自身の通院に充てたり、まとめて家事をするなどしているようです。

 

──利用者のお悩みで「時間外の対応を周囲がやってくださっているので、周りの負担になっていないか常に考えている」とありましたが、現状としては、制度を利用しにくい雰囲気もあるのでしょうか。

 

牧野さん:

会社としては制度として用意していますので、どんどん活用してほしいという姿勢です。

 

ただ、どうしても本人の性格上、遠慮してしまうとか、他の人に迷惑をかけていないかを気にしてしまうという人はいますね。

 

とはいえ、育児でなくても、自身の病気や親御さんの介護など、いつか自分の身に起きることかもしれない。そこはやはりお互いさまの気持ちを持って、Y職責に限らず、制度としてあるものは気兼ねなく活用してほしいし、周りもうまくサポートしてほしいと思っています。

 

今村さん:

私たち人事の取り組みとしては、多様性を推進していこうという流れで、自社のホームページや「ダイバーシティマガジン」という社内イントラネット(社内ネットワーク)上のマガジンでY職責などの制度を取り上げ、実際に制度を利用している社員の生の声を載せたりして、さまざまな働き方や考え方があることを伝えています。

 

牧野さん:

特に若い世代はなかなか介護や育児は具体的にイメージしにくいところではあると思うのですが、イントラネットやeラーニングなどを活用して、制度のことや私たちの思いを継続して伝えていくことで、段々とそういう雰囲気作りができてきていると思っています。

 

特効薬のようなものがあるわけではないので、みんながさまざまな事情を抱えていることを伝え続けていくことは、今後もやっていくべきことだと思っています。

 

──今後取り組みたいことがあれば教えてください。

 

今村さん:

Y職責に関していえば、「自身の病気でも使えるようにしてほしい」という声があがっているので、対象者の拡大などを検討しています。

 

今後は働き方もさらに多様化していくと考えていますので、育児・介護・看護等の理由に限らず、従業員一人ひとりのさまざまな状況に応じて、さまざまな選択肢を柔軟に選択できて、それが当たり前になる方向で進めていきたいですね。

 

現場の方や従業員の生の声を聞きながら、ひとつひとつは小さなことかもしれませんが、着実に進めていきたいと考えています。

 

牧野さん:

性別や年齢問わず同じように働ける、みんなが気持ちよくこの会社で働き続けたいと思えるような雰囲気作りとか、誰にでも使える制度作りに尽力していきたいですね。

 

 

Y職責」は現場や従業員の声に寄り添いながら作られた制度だと感じました。貴重な人材が離職せずに長く活躍し続けられる環境を整えることは、会社にとってもプラスになることが多いのではないでしょうか。

 

取材・文/田川志乃 画像提供/東急株式会社