虐待は、身体に傷が残る体罰だけではありません。
子どもを怒鳴る、乱暴に接する…といった言動は、近年「マルトリートメント(以下・通称マルトリ)」と呼ばれ、子どもの脳の発育に悪影響があることがわかってきています。
『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書)の著者で、小児発達学が専門の友田明美さんに、私たちが「マルトリから抜け出す方法」について伺いました。
マルトリは保護者からのSOS
── 約束を守らない子どもを怒鳴ることも「マルトリ」であり、子どもの脳を傷つけていると伺いました。
友田さん:
私は、マルトリと脳の発達について研究・報告してきましたが、最近、マルトリは子育て困難な親御さんからのSOSだと感じるようになりました。
昨今では、少子化・核家族化・地域のつながりの希薄化で子育て環境が孤立化しています。
子育て中のイライラや悩みを相談・共感することが難しく、閉塞感漂う「孤育て」が増加していて、私は、この状況がマルトリ増加の要因ではないか、と推測しています。
「ひとりで抱え込まない」が鉄則
── 自分の言動がマルトリである、わかっていてもやめられない…という場合はどうすればいいですか?
友田さん:
まずは、「ひとりで抱え込まない」が鉄則です。自治体の子育て窓口に相談してみてください。子どもの年齢や悩み別に関連部署を紹介してもらえます。
保健所、保健センター、児童館に問い合わせてみたり、ママ友さんたちとの茶話会のようなイベントに参加するのもいいですね。学校、幼稚園や保育園はもちろん、ご近所、仕事仲間に悩みを吐露するのもありです。
子育ての悩みやイライラは誰にでもあるもの。誰かに話を聞いてもらうだけでも、見える景色や心持ちは違ってくるはずです。
何より子どもは社会の尊い宝です。私的空間だけではなく、地域や公共機関、職場やコミュニティなどの公的空間全体で、子育てすることが当たり前になったらいいなと思います。
── とはいえ、周囲が「大丈夫だよ」と言ってくれても、わが子に対して、「なぜできないんだろう」「前も教えたのに」とついイライラを募らせてしまうこともあります。
友田さん:
脳には、気持ちをコントロールしたり、思考や想像力をつかさどる前頭前野という部分がありますが、この部分は、30歳ごろまでにゆっくり発達するんです。だから、それ以下の年齢なら、欲求や感情が先立つのは当然なんです。
そうわかると、お子さんの言動をおおらかに見ることができませんか?
赤ちゃんは泣くのが仕事とも言われますが、失敗を繰り返すうちに、脳も身体も成長し、いろいろなことができるようになります。
子どもの脳や心の発達、行動について、いつどんなことができるようになるのかを知ることは、視野を広げ、ストレス緩和につながるかもしれませんよ。
育児ストレスを緩和する具体的なトレーニング
── 保護者自身がマルトリを回避する具体的なトレーニング方法があると聞きました。
友田さん:
ペアレントトレーニングといって、保護者が子どもとのよりよいかかわり方を学びながら、日常の子育ての困りごとを軽減し、楽しく子育てができるよう支援するプログラムがあります。
子どもとの“よりよいやりとり”を具体的に学び、育てていく経験を通して、親(養育者)としての自信を積み重ね、成長していくことができます。
お子さんのひとつひとつの行動に注目し、少しでもできることを認めてほめることを習慣化することで、マルトリをせずに済むようになります。
家庭環境や子どもの個性、自分の状況などを考慮しつつ、専門の指導者や経験豊富な先輩たちのノウハウを、さまざまなプログラムで取り入れることができるのです。
冷静さを保ち、怒りをコントロールするアンガーマネジメントもおすすめです。コロナ禍のおかげでオンライン講座などは受講が便利になりました。自治体やNPOなどで開催されているので、ぜひ検索してみてください。
── すぐに実践できるストレスコントロール方法はありますか?
友田さん:
すぐにできる具体的なものとしては、トイレに逃げ込んで大きな深呼吸を3回する、子どもに何か言うのを6秒待って心を落ち着かせるなどが有効です。
夫婦間で「子どもに(子どもの前で)これは絶対にしない」などの約束事やリストを作ったり、子どもにマルトリしたことを素直に謝るのもいいでしょう。
…
育児にストレスを感じたら、周囲に助けを求め、具体的なコントロール方法を実践してみましょう。育児中の保護者を孤立させないよう私たちが積極的に声かけをすることもたいせつだと感じました。
次回は、体罰の悪影響と子どもの脳を健全に発達させるためにできることを、引き続き友田さんに伺います。
PROFILE 友田明美さん
熊本大学医学部医学研究科修了。医学博士。同大学大学院小児発達学分野准教授を経て、福井大学子どものこころの発達研究センター教授・センター長・福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部長。「子どもの脳の発達」の観点から保護者を孤立させない「とも育て」を全国に向けて啓発している。
取材・文/羽生田由香