まるでモデルのような佇まいで雑踏に立っている彼は、DDTプロレスリングの現役レスラー彰人選手。レスラーだけではなく、株式会社サイバーエージェント傘下のプロレス団体経営会社、株式会社CyberFightの副社長も務めています。リング上で激しい死闘を繰り広げながらも、DDTプロレスリングが手掛ける飲食事業の経営や、グッズプロデュースなども行うその手腕に迫ります。
副社長に大抜擢!レスラーとしての転機に
── 昨年9月に株式会社CyberFightの副社長に就任されましたね。
彰人さん:プロレス団体って、レスラー自体がそれぞれ個人商店なんです。僕は癖が強い人が多いなかではサラリーマンタイプで、どの選手とも同じ距離感でつき合える。先輩でも後輩でも、同じくらいの距離感で物が言えるので、選手と会社をつなぐ潤滑剤になれると判断されたのかもしれません。
── 選手という立場から、経営やグッズプロデュース業を手掛けるようになったのも理由のひとつでしょうか。
彰人さん:そうかもしれません。直営バーの店長2年目のときに、同じDDTグループだったプロレス団体が独立して、飲食店部門の経理担当者も退社してしまったんです。そのとき会社に「僕に経理をやらせてください」と直訴しました。スキルアップのために裏方に入ったんです。それがきっかけで事務所に出入りするようになり、グッズプロデュースも任されるようになりました。
── 今は経営者メインという感じですか?
彰人さん:経営者メインというか、プロレスラーとしての自分は趣味に近づきました。プロレスも仕事なんですが、気持ちの感覚で気負わなくなったというか。
プロレスラーとして成り上がってやろうっていうよりも、楽しむことを覚えたんです。自分がアシストすることで、誰かが引き立ったらいいと思えるようになりました。
── プロデュース能力やアシスト力に長けていらっしゃいますね。
彰人さん:根が目立ちたくないタイプだからですかね。プロレスも目立ちたいからではなく、好きだからやっているし。お客さんの前に立つこと自体が好きなわけじゃないんです。
プロレスは「女性にぴったりのコンテンツ」と気づいて
── 往年のプロレスファンのなかには、若い女性が観に来るのが面白くない人もいると聞きます。
彰人さん:男性ファンには単純な強さを求める人がけっこういるんですよ。強さを求めるだけで見るなら総合格闘技のほうが面白いし、実際プロレスが低迷していた時期は、男性ファンが総合格闘技に流れたんです。
でも女性は「この選手推したい! 」っていう“推しの要素”をどれだけ持っているかで判断してくれる。今のプロレスは、強い選手を育てるというよりも、いろんな人のアンテナに引っ掛かる選手を育てる土壌になりつつあります。だから女性が興味をもってくれること自体、プロレスにとっては大事な入口のひとつ。今のプロレスは、女性に向けてのコンテンツとしての力が強いんです。
── プロレスはエンターテイメントとして優れているということですよね。
彰人さん:まさにそうです。「プロレスって八百長でしょ」って言うのはだいたい男性。女性はそんなこと気にもしていないですよ! エンターテイメントとして捉えてくれるんです。
── そんな女性人気もあって、DDTではA4サイズの選手のポートレートが大好評だそうですね。彰人さんの発案だとか?
彰人さん:ポートレートは女子プロレスの文化だったのですが、男子のプロレス団体で積極的に扱い始めたのはDDTです。レスラーが男性アイドル化しているのでいけるんじゃないかと思って、「グッズで出してみたい」と提案したんです。今は主力商品ですね。
緊急事態宣言をオンライン営業で乗りきる
── 昨年の緊急事態宣言のときは、飲食店には休業要請が出されました。どのように苦境を乗り越えましたか?
彰人さん:去年の3月に緊急事態宣言が出て、直営の飲食店の売り上げがゼロになったんです。売り上げがなくても家賃や設備費がかかるので「このまま店が潰れてしまう」というピンチに陥ってしまい…。みんなで話し合って参考にしたのがアイドル業界でした。
── アイドル業界ですか!プロレスとは無縁のように思えますが。
彰人さん:アイドル業界は、オンラインサイン会や握手会という動きが早かったんです。最初は店舗の食事券を発行したのですが、「もっとダイレクトに売り上げが上がる仕組みを作ろう」と考え、オンライン営業を始めました。
──具体的にはどのようなシステムなのですか?
彰人さん:参加券を購入すると、買った人しか見られないZoomのURLが発行され、オンラインでつながった選手と話せるという仕組みです。「ごちそうチケット」というのもあって、備考欄に選手の名前を書くと、オンライン営業時にその選手がお客さまの代わりにお酒を飲んだり。
このオンライン営業のおかげで、飲食事業部がだいぶ救われました。協力金は申請しても支給されるのが半年後で、その間を生き延びる資産がないと、支給までに潰れてしまう。それをカバーするためオンラインは欠かせませんでした。
何事も「ストレス」と捉えるか「楽しい」と捉えるか
── 苦境をアイデアで乗りきったのですね。日々忙しく働く女性もこのコロナ禍でストレスを抱えています。彰人さんはオンとオフのスイッチの切り替えはどうされていますか?
彰人さん:忙しさをストレスに感じるか感じないか、ではないでしょうか。僕の場合、事務所でのパソコン作業や打ち合わせも仕事だし、筋トレやリング練習も仕事。でも感覚的には全部好きなことなんです。だから、忙しくてもほとんどストレスを感じない。どっちも仕事で大変なこと、という感覚で捉えてしまうと、そりゃ「もうイヤ!」ってなっちゃいますよね。
── 捉え方次第、ということですね。今までで一番ストレスを感じた経験というと?
彰人さん:忙しくてつらいと感じることはめったにないですが、コロナ禍の自粛生活はものすごくストレスでした。35年生きてきてストレスでハゲるってことなんてなかったのに、生まれて初めて10円ハゲがめっちゃできたんです。
緊急事態宣言で、試合もできない。飲食店も営業できない。自分は今まで、試合や仕事でストレスを発散していたんだって気づきましたね。
── 仕事でストレスが発散できるのは羨ましいです。そんな彰人さんにとって「仕事ができる人」とは、どういう人でしょう?
彰人さん:どんな状況下でも余裕がある人、ですね。僕の周りの仕事ができる人って、少し忙しくなったくらいでイライラしないんです。忙しいと感じていても、常に心のどこかに余裕があって、態度に出さない。
── 彰人さんもそういうタイプに見えます。
彰人さん:確かに、内心「ヤバい!」って思ってもあまり態度に出ないほうなので、周りから気づかれないですね。普段から怒ったりイライラしたりすることもほとんどないです。
── レスラーって怒りや憎しみを試合中に発散させているのかと…。
彰人さん:僕は、そういうこと全然ないんですよ。仕事として殴るし(笑)、感情的になることはほぼない。感情的に見えていても、心のどこかで冷静な自分がいるので。
怒りの感情って、人の心に響くものではないって思っています。ずっと説教している人って、嫌じゃないですか。相手に怒っていることをぶつけるんじゃなくて、「こういうことで怒っているんだよ」って伝えるほうがストレートに響くと思います。
<前編>「キャリアを終えたとき何が残るか」彰人選手が副社長兼ファイターとしてリングに上がる理由
PROFILE 彰人(あきと)
1987生まれ。愛知県出身。DDTプロレスリング所属のプロレスラー、株式会社CyberFightの取締役副社長、『プロレス&スポーツBarドロップキック』店長というマルチな才能を持つ。団体内では、DDT EXTREME王座やKO-D6人タッグ王座などのベルトも戴冠した。12月26日には、国立代々木競技場 第二体育館でビッグマッチ開催。
取材・文/池守りぜね 撮影/二瓶 彩 取材協力/DDTプロレスリング・Bar Lounge SWANDIVE