不妊に悩む夫婦

子どもをもつかもたないかは、個人の選択です。やむを得ず作れなかった場合でも、それを受け入れるか、治療をするかはカップルの選択次第。他人がとやかく言うことではないのですが、それでも他人の目が気になってしまうものです。 

不妊の原因が「夫」にあるとわかって

29歳のとき、学生時代からの友人だったタツオさんと結婚。友だちノリは変わらず、「いつも仲がいいね」と周囲に言われる結婚生活を送っていたユリコさん(42歳・仮名=以下同)。しかし、子どもをなかなか授かりません。原因は、夫にあることがわかりました。

 

 

「本音を言うと、私じゃなくてよかったという思いもありましたが、夫の落ち込みを見ると不用意な言葉はかけられなかった。ただ、いついかなるときも話し合っていこうと約束したので、夫に『言いたいこと、吐き出しちゃえ』と焚きつけたんです」

 

夫は「男として全否定された気がする」「ユリコに嫌われてもしかたがない」など、ネガティブな心の内を、涙ぐみながら打ち明けます。ユリコさんは、その言葉ひとつひとつに「それはあなたの考え。私はそうは思ってない」「私はあなたが大好きだよ」と言い続けました。

 

「たとえば、私が病気になったとする。それであなたは私を嫌いになる?そう聞いたら、夫が『まさか』と。それと同じこと。私はあなたという人間をまるごと受け入れて結婚した。だから何があっても嫌いにはならないし、そもそもそういうことで嫌われる発想がおかしいと告げました」

 

じゃあ、子どもはあきらめるの?夫は情けない顔をしてそう言ったそう。

 

「人間ってさ、思い通りにはならないでしょ。でも思い通りにならないから人生面白いこともあるじゃない?子どものいない私たちがどれほど幸せな結婚生活を送れるかチャレンジしてもいいと思う」

 

そうユリコさんが言うと、夫がほろほろと泣いていました。

 

「『そんなことにコンプレックスを感じたら、私、怒るからね』と言うと、やっと夫が笑ってくれました。『もし私に原因があったら、あなた、今の私と同じことを言うでしょ?』『そうだな、たぶん同じことを言う』というやりとりがあって」

 

ふたりきりで生きていこう、と決めたのは32歳のときでした。 

「孫はいつ?」「子どもは?」彼女の返事は

 

それ以来、ユリコさんは自分が強くなったと感じています。

 

「義母が『早く孫の顔を見たい』と言っていたのですが、『コウノトリが来るようにお義母さん、祈ってくださいね~』と軽やかにかわしました。その後、夫が『理由を言ったほうがいいよね』と、相談してきたんですが、私は『言う必要はない』と告げました。だって夫婦のことですから、たとえ親でも何も言わなくていいだろう、と」

 

職場でも仲間内でも、「子どもは?」と言われるたびに、「そういう発言はセクハラに近いよね」とつぶやきました。

 

「目上の人に言われたときは、“私たちには私たちの事情や思いがあるので、申し訳ないですが放っておいてください”と、丁寧に伝えました。そうやっているうちに、誰も何も言わなくなりましたね。誰が何を言っても、ブレずに貫こうと夫と約束したんです」

 

夫も気がラクになったのか、親しい仲間には自分に原因があることを話すようになったそうです。ユリコさんが心配したのは、親しい友人が変に気をつかって子どもの話をしようとしないこと。

 

「だから、友人に夫が話してくれたのはありがたかった。『うちは子どもをもたないから』と伝えたとき、彼らもホッとしたそうです。それからはそれぞれ子どもの話もするようになって、ときには私たちが子どもを預かることも。懐く子もいて、親が迎えに来ても『今日はおじちゃんとおばちゃんと一緒に寝る』って。子どもたちの逃げ場所になるのもいいよね、と夫と話しています」

今の人生以上に望むものはない

本当は自分の子がほしかったんじゃないの?と、突っ込んで聞いてきた友人もいました。でも、ユリコさんは腹も立たなかったと言います。

 

 

「そう思うのは不思議じゃないですもんね。親しい人なら聞かれても平気です。そのときは、『ほしかったかどうかは、結局、子どものいない人生を選んだからわからない』ときっぱり答えます。“仮定の話には答えられません”の別バージョンですね(笑)」

 

正直、自分はあまり落ち込んだことがないとユリコさんは言います。仕事があってパートナーがいて、趣味も楽しめて友人もいる。

 

「それ以上、望むことはありません」

 

穏やかに、でも、きっぱりと彼女は言います。自分の人生に納得している人の落ち着いた自信がみなぎっていました。

不妊に悩む夫婦
2人の生活を楽しむ夫婦
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里 ※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。