赤ちゃんが生まれるとよーいドン!でスタートする「授乳」。母親教室で沐浴やおむつ替えの方法は習うけれど、こと「おっぱい」に関しては、ほとんど学ぶ機会がないまま出産した、という女性も多いのではないでしょうか。しかしいざスタートしてみると、「痛い」「出ない」「つまる」「寝れない」「夫と分担できない」など、授乳にまつわる悩みはつきません。正解がない分、情報に振り回されてしまうことも…。

 

今回は授乳にまつわる様々な悩みについて、「助産院バース自由が丘」(東京・目黒区)の母乳外来で2万人以上の施術をしてきた水島華枝さんにお話を伺います。妊娠中にできること、夫の役割、痛みや傷の対処、卒乳まで、専門家の回答は──?

【妊娠中・出産直後】おっぱいは「血流」意識して

── 自分自身の経験を振り返ってみても、授乳は幸せな一方で、特に頻回授乳していたころは相当に負担が大きかったと感じます。

 

水島さん:

おっぱいの悩みはとても複合的。出る人も、出ない人も、それぞれに悩みがあって、時に深刻になるケースもあります。夜中の授乳で寝れない、寝れないから自律神経が乱れ、めまいを抱えたまま育児をして…そんなループの中で産後うつに足を踏み入れてしまう方も。

 

授乳は、ホルモンバランスとセットなので、女性の心身を追い詰める脅威にもなる。その都度、適切な対処をしながら、お母さんと赤ちゃんの体質にあった解決法を見つけることがとても大切だと思います。

施術をする水島華枝さん
母乳外来での施術の様子(本人提供)

── 妊娠中、おっぱいについて学ぶ機会が実はとても少ないと思うのですが、妊娠中からできることはありますますか?

 

水島さん:

妊娠中から心構えができていると、産後、少し心に余裕ができるのではないかと思います。

 

妊娠中にできることはいくつかありますが、まずは助産師さんにおっぱいのタイプを診てもらうところからスタートしてください。短い、硬い、凹んでいるなどの特徴がある場合、妊娠中からケアすることで産後の授乳の大変さに大きな差が出てきます。

 

また、通いやすい母乳外来を調べておくと安心です。産後はさまざまなトラブルが起こりやすいので、専門家に相談できる体制を整えておくと安心です。

 

── 出産後、私の場合はおっぱいがガッチガチになり、対処法もわからず本当に苦労しました。

 

水島さん:

おっぱいは血液なので、身体の血流に影響を受ける、ということを理解しておくといいと思います。

 

おっぱいがガッチガチになってしまう方は、下半身が冷えて血流が滞り、余計な血液がおっぱいに溜まってしまっている場合が多いので、特に産後は、下半身を温めて血流を良くすることをおすすめします。内臓を温めることも効果的。胃の温度より冷たい飲み物は極力控え、常に下半身を温かく保つと「ガチガチおっぱい」をある程度予防できると思います。

 

── 逆におっぱいの出が悪い場合にはどうしたら良いですか?

 

水島さん:

母乳は体質に左右されるもので、どんなにケアをしても「出ない人は出ない」ということがあります。その場合は、ミルクに切り替えて大丈夫。赤ちゃんはミルクでも元気に育ちます。まずはご自身を追い詰めないことが大切です。



産後は身体もボロボロでいきなり始まる授乳に対応するのは大変なことなのですが、まずは身体のどこかで血流のホースを止めてしまっていないか、確認してください。つらい姿勢のまま授乳して、肩がガッチガチになっているお母さんがとても多いんです。身体のコリは血液の流れを悪くしてしまいます。

授乳のイメージ(PIXTA)

お母さんも、赤ちゃんも、リラックスして授乳できる「姿勢」がとても大切。赤ちゃんもリラックスした姿勢で吸えるようになると吸う力も上がり、吸われることで母乳のオーダーが入り、母乳の分泌も良くなります。また、お母さんの不安が強いとせっかく出てきた母乳分泌ホルモンも持続して分泌されません。緊張をとって不安なことはできるだけ早めに解消していくことも重要です。

【退院後】夫にできること「ない」の自覚持つことがスタート

── 退院後、おっぱいあげられない夫は「ぜんぜん役に立たない!」と思う場面が多くて…。男性にできることはありますか?

 

水島さん:

うーん…ないですね(笑)。あらゆる家事育児が夫婦で分担される時代になっていろいろなご意見があると思いますが、こと「おっぱい」に関しては、助けるとか、力になるというのは基本的には難しいというのが私の意見です。

 

熱心なお父さんほど、インターネットで情報収集をしてアドバイスをして、余計に女性を追い詰めることもあるので…。授乳に関してはお母さんと赤ちゃんの体質に応じて、100人いたら100通りの方法がある。お父さんにはぜひその前提に立っていただいて、あまり口出ししない方が平和かな。

 

── 「できることがある」と言われるより、スッキリする回答です(笑)。

 

水島さん:

頑張ってサポートしてくださっている男性の方々本当にごめんなさい。でも、おっぱいに関してだけはあれこれ言われるより、お母さんをできるだけ眠れるようにサポートしたり、おっぱいの後に「お疲れ」って一杯温かいお茶でも出してくださった方が100倍ありがたいんです。

 

お母さんを産後、ボロボロの身体を引きずりながら、赤ちゃんの命を守るために授乳して、ホルモンバランスも大きく変化します。それだけの負担を女性が1人で背負っていることを理解した上で、どんなサポートができるか、と考えてみてください。

授乳のイメージ写真(PIXTA)

── 息子が生後3か月のときに乳首に傷ができ、授乳のたびに傷が開いて、痛みに耐えながら授乳したこともありました。傷ができた場合の対処法はありますか?

 

水島さん:

赤ちゃんは本来、傷ができるほど強く吸うことはないので、「傷ができる」というのは、トラブルのサインであることが多いんです。もしかするとどこかしら詰まっていたり、うまく開通していない乳腺があったのかもしれません。

 

本当は傷になる前に母乳外来でケアするのがいちばんなのですが、傷ができてしまった場合は、赤ちゃんが飲み込まないよう注意しながらキズパワーパッドを貼って傷を保護する方法、搾乳をして少しの間おっぱいを休ませる方法もあります。とにかくあまり頑張りすぎないようにしてください。

 

── 乳腺に何かしらトラブルがある場合、赤ちゃんの反応でわかることもありますか?

 

水島さん:

赤ちゃんはしっかりクレームを出してくれます。例えば、飲んでいるときにうなったり、すぐに飲むのをやめてしまったり、いつもより強く圧をかけたり…。こういう場合は、どこかしら乳腺がつまって、部分的に冷たいお乳が出ている、などのトラブルの可能性があるので、早めに母乳外来に相談してみてください。

【授乳姿勢と添い乳】お母さんがいかに「ラクをするか」

── 「添い乳は癖になるから」と長男のときは抱っこで寝かしつけを頑張っていた時期もあるのですが、長女のときはやはり添い乳がラクでした。添い乳についてはどうお考えですか?

 

水島さん:

おっぱいの寝かしつけも、添い乳も、実は人それぞれなんです。添い乳で、おっぱいが溜まって詰まりやすくなる人もいれば、逆に体がラクになり夜中の冷えもなくなりよく眠れて詰まりが解消する人もいます。

 

添い乳はどうしても癖になりますから、「良い」「悪い」ではなく、メリットデメリットを理解したうえで「何を取るか」「私たちに合っているか」で選んでください。

 

── 添い乳する際の注意点はありますか?

 

水島さん:

授乳姿勢の指導というと多くは座っての授乳で「添い乳の姿勢は習っていない」という方が多いんです。ときどき驚くほど不自然な姿勢で添い乳をされている方がいらっしゃいます。それでは「ラクをする」という添い乳の醍醐味が失われてしまうので、基本はとにかく赤ちゃんとママがお互いに楽な姿勢を見つけてください。

 

しっくりこないのであれば「こんなこと相談して良いのかな」と思わず助産師に相談してみてください。昼も夜も一日中、リラックスしてラクに授乳できることが幸せに授乳して頂くのに大切なポイントです。

【卒乳編】卒乳後は養生と残ったお乳の処理が大切

── 卒乳のタイミングは多くのお母さんが悩む問題のひとつですね。

 

水島さん:

周囲の人がもう卒乳しているからと焦ったり、WHOの基準に合わせて2歳まで授乳しなくては!と我慢する必要はありません。基本的には不具合が出た時、どちらかが「やめたい」と思った時がやめ時。授乳期間は長いからいい、短いからダメというものでもありません。

 

授乳はお母さんと子どもと2人の共同作業なので、恋愛みたいなもので「別れ方」も当事者が決めたらいいと思います。LINEでスパッと別れを告げる人もいるでしょうし、お相手に合わせてじょじょにフェードアウトした方がいいかな、という場合もありますよね。

 

そして卒乳したら卒乳後のケアが大切です!

 

卒乳後は女性のホルモンバランスが変化するので、出産後と同じように、1ヶ月くらいは、無理をせず、養生することをオススメしています。あまり知られていませんがこの時期に無理をしてしまって不調が長引いている方が実はとても多いんです。更年期に強い症状が出る原因になることもあるので「卒乳後は無理をしない!」ということをぜひ知っていただきたいですし、周りの方にもしっかり伝えてください。特に授乳期間が長い方ほど、注意してください。

 

── 卒乳後はおっぱいケアをした方が良いですか?

 

水島さん:

おっぱいは赤ちゃんが飲まなくなれば、基本的には自然と止まるものです。ただ、母乳が乳房の中に残ってしまうことがあって、長い年月をかけて石灰化することがあります。それ自体が悪さをすることはあまりないそうなのですが、石灰化したものの裏でガンが大きくなり、発見が遅れた、というケースもあるようです。

 

おっぱいケア
卒乳後は、一度母乳外来で残った母乳の処理をしてもらうと安心できると思います。 施術の様子(本人提供)

【番外編】おっぱい「逆サイドつまむ問題」が意外とストレス

── あの、これは私だけの悩みかもしれないのですが…、子どもがおっぱいを吸いながら、もう片方のおっぱいの乳首をつまむんです。これが結構ストレスで…。

 

水島さん:

わかります!私も同じ気持ちです。それが嫌だから卒乳しようかな、と言うくらい。

 

── 私だけじゃないんですね!

 

水島さん:

実はそういうお母さんがたくさんいて、よく相談も受けるんですよ。検索してもあまり出てこないけれどこの「逆サイド乳首つまむ問題」には、多くのお母さんが悩まされていると思います。地味だけど、結構不快ですよね。

 

なぜ子どもがそういう行動を取るかははっきりしませんが、どの子もやると言うのは本能的なことなのだと思います。支配欲というか。こっちのおっぱいも、こっちのおっぱいも自分のものだ!と(笑)。吸いながら、つまむ。きっと子どもにとっては至福のときなんでしょうね。

 

── …至福か。何か解決策はありますか?

 

水島さん:

こればっかりは私もいまだに解決策がわからないので、みなさんのご意見を絶賛募集中です。

PROFILE 水島華枝さん

水島華枝さん
助産師。東京・目黒区の助産院「バース自由が丘」で、母乳ケア、産前産後ケア、ベビーマッサージ、育児相談等、女性たちのトータルサポートを行う。助産師歴は21年。これまで母乳外来でケアをしてきた女性は2万人に上る。

取材・文/谷岡碧