2010年から、企業向けの女性活躍・ダイバーシティ研修や、キャリア教育事業を開始したスリール株式会社・社長の堀江敦子さん。

 

大学生が仕事と子育ての両立をリアルに学ぶ、ワーク&ライフ・インターンというキャリア教育事業で注目を集め、今では企業向けの人材育成や行政の仕事を多く実施しています。起業にかけた想いや、この11年間の女性の働き方をめぐる変化についてお聞きしました。

学生時代に抱いた違和感

── 25歳で起業をなさったということですが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

 

堀江さん:

大学を卒業して、最初はIT企業に入社しました。10年以上前ですから、当時は、当たり前のように長時間労働をするという雰囲気。先輩にはワーキングマザーもいました。彼女の話を聞き、職場での仕事と子育ての両立の難しさを痛感しました。

 

彼女は、もともと営業成績トップでしたが、子どもが生まれて時短で働くようになったら営業アシスタントに配置換えされたことがありました。それについて本人が訴えても、上司は「5時に帰るのだから仕方ないでしょう」という考えだったようです。

 

「こんなに優秀な女性ですらこのような状態になってしまうなら、仕事と子育ての両立は、誰にとっても難しいのではないか」と思って、自分が子育て世代になるころまでに、この環境を変えていきたいと強く感じました。

 

若い社員が声を上げれば、会社が変わるんじゃないかと思って、同期50人に「働きやすい環境づくりをしていこうよ」と声をかけたんです。みんな「いいじゃん」とは言ってくれたのですが、一緒には行動してくれる人は一人もいなくて…。

 

いま課題を抱えてる人は、マイノリティーだから声をあげても聞いてもらえない。でも、これからの人は結婚や産後の労働環境をまだ自分のこととしてイメージできなくて当事者意識がないんですそれで、この人たちは5年後、自分たちが当事者になったときに声を聞いてもらえない。この悪循環が社会が変わらない原因だなと感じて何とかしたいと思ったのが起業の大きなきっかけになりました。

 

── 起業した当初から、大学生向けのライフキャリア教育に力を入れていると聞きました。どのようなことをされているのですか?

 

堀江さん:

大学生が仕事と子育ての両立をリアルに学ぶ、ワーク&ライフ・インターンというキャリア教育事業を行っています。このプログラムでは、実際に両立をしている家庭に訪問し、子どもとふれあい、両立家庭と関わることで、10年後の生活を想像するインターンシップです。

 

今の大学生は、自分の親や先生くらいしか働く大人を知らないことが多いです。そのため、多様な働き方や生活のイメージを持ってもらい、自分にも「できる」という感覚を持ってもらう事で、将来を前向きに捉えてもらうキャリア教育プログラムです。

 

当事者ではない人でも、その状況を体験すれば、考え方が変わり、両立しやすい社会づくりに向けて積極的に行動しやすくなるのではないかと考えたのが始まりです。

 

若者に向けて講義を行う堀江さん

じつは私、中学時代から200人以上のお子さんのベビーシッターをしていて、何百という子育て家庭を見ていくうちに、問題意識が強くなっていったという経験があります。だから他の人も、それに近い体験をすれば少し考えが変わるのではないかと思いました。

 

── 中学時代からベビーシッターをしていたというのはすごいですね。

 

堀江さん:

もともと子どもが好きだったんです。同じマンションに住む子と一緒に遊ばせてもらったところから、ベビーシッターをするようになりました。

 

それから中学生のとき、児童養護施設に行ってレポートを書く授業があったのですが、子ども好きな私は、子どもが置かれた深刻な事情に衝撃を受けました。それがきっかけで近所のボランティアセンターに入り浸るようになって…。年配の方にまじってボランティアセンターに通っている、ちょっと変わった中学生だったと思います(笑)。

 

認可外保育園や、高齢者や障がい者施設など国内外30施設でボランティアもしたのですが、ベビーシッターやボランティアをしているうちに、「日本って生きづらい国だな」と感じるようになりました。

 

育児や介護など当たり前のライフイベントがあったときに、自分らしく働くことがとても難しい社会だな、と。しかも、そうなるまで誰も「そういう状況になるんだよ」というのを教えてくれないことにも違和感を覚えました。このような学生時代の経験が原点になっています。

女性登用のパイプライン構築を

── 起業から11年ですが、この間の社会の変化をどうとらえていますか?

 

堀江さん:

弊社は、企業向けに女性活躍やダイバーシティの研修・コンサルティングを行っていますが、確実に世の中が変わってきていると思います。2016年に女性活躍推進法が、19年には働き方改革法ができました。

 

最近だと、環境や社会への貢献、企業統治(ガバナンス)に積極的な企業に投資する「ESG投資」が世界的に広がってきていますし、労働人口が減ってどの業界も人手不足で、女性が働きやすい職場づくりを企業が本気でやらなければいけなくなってきました。

 

さまざまな条件がここ5年くらいで整ってきて、いま社会が変化しうる重要な時期に来ていると感じます。

 

── このタイミングで特に注目していることはありますか?

 

堀江さん:

女性登用が少ないという問題は、いまだからこそ前進させられると考えています。その構成比率が30%を超えると、クリティカルマスと言って、組織の意思決定に影響を与えると言われます。

 

私自身、男性の多い会議に出席したときに、(女性の)数が少ないから言いづらいという雰囲気がこんなにも強いものかと何度も思い知らされました。

 

社外取締役で女性の取締役比率を上げている企業もありますが、採用から育成、登用と、企業の中でしっかりとパイプラインをつくっていくことが重要だと企業の皆様にはお伝えしています。

 

子どもがいる女性が管理職になるのはハードルが高いように思うかもしれませんが、子育てと管理職は、じつは親和性が高いんです。タイムマネジメントにしても、ヒューマンマネジメントにしても、子育てで磨かれるスキルですから。自信を持ってご自身の今後のキャリアについて考えてみていただきたいと思います。

 

── 子育てなど働き方に制約がある社員を育てるために企業はどのようなことができるでしょうか?

 

堀江さん:

すべての人がチームで働く仕組みをつくっていくことだと思います。介護は個別に事情が違う部分が多いのですが、子育ては、祖父母などのサポートの有無はあっても、子どもが育っていく過程はほぼ同じです。

 

だから、そこを基準に仕事のやり方を考えて、みんなが5時に帰れる状況をつくりながら、チームの誰かが休んだときにはフォローできる体制にして、5時に帰ってたとしてもきちんと上に評価される。そこを押さえれば、働き方に制約がある社員もしっかり育成できると思っています。

 


「起業当初は、ライフキャリア教育も、女性活躍も、働き方改革という言葉もなかった。でも今では社会が変化してきて、当たり前になりつつある。発信しつづけることの重要さを感じています」と語った堀江さん。起業にかけた信念の強さを感じました。

 

PROFILE 堀江敦子さん

日本女子大学社会福祉学科卒業。楽天勤務を経て、2010年、25歳でスリールを起業。両立支援や意識改革に向けて企業の研修・コンサルティングを実施。大学などではライフキャリア教育を行っている。内閣府・男女共同参画会議専門委員、厚生労働省・イクメンプロジェクト委員など行政委員を兼任。著書に「新・ワーママ入門」など。

取材・文/木村彩  写真提供/スリール