ツイッターで話題になっている漫画『ぼくのうつやすみ』は、うつで休職した作者のリアルな体験が描かれたコミックエッセイ。ちょっと最近うつっぽい…という人や、生きづらさを抱える人たちからたくさんの反響を集めています。

 

作者のミヨシさんは、2年の「うつやすみ」を経て、職場復帰をしたそう。

 

「辞める選択肢しかなかった」——そんなどん底からの復職までの歩み、漫画の制作裏話について聞きました。

得体の知れない「うつ」を「コイツ」と呼ぶ理由

——漫画『ぼくのうつやすみ』は、得体の知れない「うつ」が描かれています。

 

ミヨシさん:

最初は「ぼく」だけが登場する漫画だったんですけど、やっぱり「うつ」の存在も形にしたほうがわかりやすいかと思いました。

 

でも「うつ」って目に見えないし、感じ方も人それぞれだろうし、どう具現化したらいいのかが難しかったです。

 

自分の中から出てきているものなので、完全に他者でもない……敵でもあるけど味方でもある「よくわからないもの」をうまく表現したいな、と。

 

——漫画の中では「コイツ」と名づけていますね。

 

ミヨシさん:

うつをわかりやすく描きたかったんです。キャラクター化させるにしても、ペットみたいにかわいいのは違うな、と(笑)。

 

自分だけど自分と言いたくないのもあって、よくわからないやつ、みたいなイメージが強いのもありました。だから、あえて名前をつけるのはやめようと思って「コイツ」と名付けたんです。

気持ち悪さ、少しの愛嬌、そしてよくわからないやつ、というのを表現するために、あえて真っ黒にはしていません。何度も試行錯誤を重ねて、いびつな線で描いて、斜線で黒くしました。

 

得体の知れない不気味さを表現するために、「コイツ」には口をつけず、無表情にしています。

「うつ」体験を“ありのまま”誰かに話したかった

——そもそも、なぜうつで休職した体験を漫画にしようと思ったのですか?

 

ミヨシさん:

実は、復職し始めのころは、うつで休職していた体験が、自分の中でネガティブなイメージが強くて……思い出すだけで落ち込むので、持ち出したくないし、その必要はないと考えていました。

 

でも時間が経つにつれて、このままうつの経験をなかったことにするのも、ちがうのかな、と。

 

違和感がふつふつと出てきて、その体験を誰かに発信してみてもいいかな、と思うようになっていって……

 

会社の上長に相談したら「形に残してみてもいいんじゃない」と背中を押してもらえたのも大きかったです。

 

——漫画では、うつを抱えて過ごす日常がリアルに描かれています。ミヨシさんの葛藤や心の動きに共感し、勇気をもらえた読者もいるのではないでしょうか。

 

ミヨシさん:

「勇気を与える」とかエラそうなことは言いたくなくて、本心を言えば、半分はこの体験を誰かに話したかっただけなんです。

 

うつって、人によって原因も違うし、症状も違う。とらえかたも苦しみかたも異なるので、僕の場合はこうだった、というのを素直に“ありのまま”描きました。

もしかしたら、読むのがつらいシーンもあるかもしれません。でも、誰かがこの漫画を読んで共感してくれてラクになったり、小さな変化が起こったりしているなら、とても嬉しいです。

休職中に妻に「花を見に行こう」と誘われて

——うつ状態で会社を休んでいる間、とても苦しかったと思います。そんなミヨシさんを支えたご家族について教えてください。

 

ミヨシさん:

妻には特に感謝しています。実は休職中、うつだったことを妻に言えてなかったんですよ……。

 

——「いつ復職するの?」って聞かれたことはなかったのですか?

 

ミヨシさん:

あえて聞かないようにしてくれていたんだと思います。

 

今改めて考えると、うつのことを家族に隠せてると思ってた自分が恥ずかしいのと同時に、そう思わせてくれた妻には感謝しかなくて(笑)。

 

子どもも、ただならぬ違和感を感じていたと思うし、様子がおかしいことを感じとっていたと思いますが、どこかそっとしてくれていて……休職していても普通に日々が進んでいくことにホッとしていました。

 

——漫画の中で、なかなか外に出られないミヨシさんを、奥さんが外に連れ出す場面に心が暖かくなりました 。

ミヨシさん:

最初は「花…?」って思いました。正直、僕は花が好きでも興味があるわけでもなかったし、そんな気力もなくて。

 

でも実際に行ってみると、あまりの美しさに圧倒されて「花ってこんなにきれいなんだ」ってただただ感動して……。そのとき妻と歩きながら感じた風の心地よさも、強く印象に残っています。

緊張の復職…忍者のように過ごした日々

——うつでの休職から職場復帰することに対して、ハードルが高いと感じる方もいるかもしれません。

 

ミヨシさん:

漫画を読んだ読者の感想の中には、「復職をそこまで手厚くサポートしてくれる会社は珍しい」「自分にはきっと難しいかもしれない」という意見もあったので、そうだよなあと改めて思いました。

 

実際に僕も「退職するしかない」って追い込まれていた時期もあったので、社長をはじめ、会社のサポートはとてもありがたかったです。

 

——社長と話すシーンはとても印象的でした。

ミヨシさん:

それでも復職してしばらくは、会社のドアの前で「入らなきゃ、でも入れない…」とうろうろしたり、忍者のように目立たずささっと移動したりして。

 

とにかく人に会うのを避けていたからエレベーターにも乗れなくて…… 勤務しているのが10階だったのですが、階段で上り下りしていたんですよ(笑)。

 

——想像するだけでも、緊張が伝わってきてドキドキします。

 

ミヨシさん:

実は、復職も1回失敗しているんです。

 

無理して「大丈夫です」と言ってがんばりすぎると、大丈夫じゃなくなってしまう自分がいてうまくいかなかった。そんな失敗があったからこそ「今はこのまま無理せずに過ごそう」と腹を決めることができました。

 

スイッチのように、簡単に「もう大丈夫」とはならない。だからこそ、しばらくは自分の心に正直に向き合って、人に会うのがつらいときは避けていましたし、コミュニケーションも無理してとろうと思わないようにしていました。

 

会社の人たちもそんな僕の状況を理解しつつ、さり気なく声をかけたりしてくれて……とても感謝しています。当時は自分のことに精一杯で気づけなかったのですが、周囲のサポートはものすごく大きいものでした。

 

 

「うつ」を抱える人だけでなく、「働きづらさ」を感じる人への理解やサポートの大切さを改めて感じます。次回は、ミヨシさんが「うつやすみ」を振り返る、描き下ろし漫画『ぼくのやすみあけ』と共にインタビュー後編をお届けします!

 

PROFILE ミヨシさん

株式会社サイバーコネクトツー 業務部 企画課 デザイン室所属。ゲームのタイトルロゴやUIデザインをはじめ、企画書、書籍など各種編集・デザインをメインに行う。イラストレーター「ミヨシ」としても活動する傍ら、最近は展示用フィギュア・ジオラマづくりも手掛ける。自身のうつ体験を漫画にした『ぼくのうつやすみ』がTwitterで話題に。アカウントは@miyoshi_cc2。

 

取材・文/桜木奈央子