夫が会社を辞めたことに憤慨する妻

「多様性をもった働き方」が注目されていますが、一方で若い女性たちが結婚相手に求めるのは「正社員」が必須なケースも。今の時代、安定を求める人が多くなっているのかもしれません。

 

ただ、会社勤めが極端に苦手な人がいるのもたしか。夫婦間にその価値観での齟齬があると、ギクシャクするようです。

妻に会社を辞めたことを話してみると

 

28歳のとき、友人の紹介で知り合った女性と結婚したものの、「その翌年、会社を辞めたんです」と話すのはユウジさん(40歳・仮名=以下同)。

 

 

大学を卒業後、某大手IT企業に勤務。社内の人間関係になじめず、いつかは辞めてひとりで仕事をしたいと考えるように。そのタイミングが結婚の翌年になっただけで、彼としては想定内のことだったそうです。

 

「でも当初は妻のアキに言い出せなくて。彼女が僕と結婚したのはたぶん、勤め先が経済的に安定している理由もあったと思うんです。だから結婚してすぐ、しかも彼女の妊娠が判明したタイミングで退職したとは言いづらくて

 

会社員時代と同じようにスーツを着て出かけていましたが、実際には学生時代の友人が起業した事務所を間借りして独立の準備をしていました。本来は家でできる作業ですが、家にいるわけにもいかなかったからです。

 

「共働きですが、いつも僕のほうが早く出かけていたので。スーツなんて着る必要もなかったんですが、妊婦の彼女に心配をさせたくなくて」

 

家計は分担していたし給与明細も見せたことはなかったので、妻が疑念を持つようなことはなかったはずだと彼は言います。退職したと話したのは、長女が生まれて数か月たってから。アキさんはいきなり泣き出したそうです。

 

「過剰な反応にびっくりしました。『嫌だ、そんなこと誰にも言えないじゃない、みっともない。保険はどうするの、ボーナスもなくてやっていけるの、この家だって買ったばかりじゃない』とすごい剣幕。僕がやろうとしている仕事なんて全然興味がなかったみたいで…そこはがっかりしましたね」

 

アキさんは正社員だから、万が一夫が失業したとしてもなんとかなるはず。でも彼女はそういった現実ではなく、まずは世間体を考え、次にお金の心配をしたのでした。 

「また仕事がキャンセルか」に激怒する妻

今まで通りで大丈夫だからと、ユウジさんは妻をなだめました。さらに“家にいることが多くなるから家事も育児もしっかりやるよ”と明るく伝えたのです。

 

「毎日あなたが家にいたら、『お隣はどう思うかしら』って、世間体ばかり気にしていましたけど、僕は組織で働くのはムリ。でも仕事は好きだし、技術はあると思っているから『大丈夫だよ』と言うしかありませんでした」

 

ところが個人事業主に浮き沈みはつきもの。キャパを越えるほど仕事が立て込むこともあれば、突然、仕事が減りもします。

 

「昨年の春過ぎ、突然のコロナ禍になったときは仕事が激減しました。ついうっかり、『またキャンセルか』とつぶやいたら、妻がすかさず『だから正社員でいればよかったのに!』って。今でもそう思っているのかと愕然としました」

ママ友には夫は経営者と見栄を張る

アキさんはユウジさんが個人事業主になったことを、自分の両親には話していません。近所の人やママ友には、「夫が独立して経営者になった」と言っているよう。

 

「会社組織ではないので経営者ではないんだけど、アキにもプライドがあるでしょうから、それでもいいかと思っています。年収ベースで考えれば、正社員時代より少し多くなっているし、なにより僕のメンタルが救われている。家事や育児だってほとんど僕がこなしていた時期もありますしね。何が気に入らないのかわからないんです」

 

会社を辞めてから、妻がどこか見下すような態度をとることがあり、ユウジさんはずっと気になっているそうです。

 

「娘に、『お父さんは○○会社で働いている』と言えなくなったことも大きいのかもしれません。でも僕は娘に、『お父さんは自由を求めて独立し、自分の技術ひとつで食べているんだよ』と言いたい。どこに価値を置くかは娘が決めることですけどね」

 

人には自分に合った働き方があります。それができることも幸福のひとつ。ユウジさんはそう感じて仕事に情熱を傾けていますが、妻に理解してもらえるのはいつになるのか、と苦笑いを浮かべました。

夫が会社を辞めたことに憤慨する妻
フリーランスで働くパパに子供は興味津々
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里 ※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。