夫のグチを聞く妻

「仕事を家に持ち込まない夫。何も話してくれないから寂しい」という女性もいれば、「グチばかりこぼす夫に、つきあいきれない」と嘆く女性も。夫婦の距離感の問題かもしれませんが、期せずして、「夫がグチを言えない状況になったみたい」と苦笑する妻もいます。

夫のグチが楽しくなっていく妻のある行動

結婚して12年たつマキコさん(43歳・仮名=以下同)は、3歳年上の夫がグチっぽくなってきたことに、最近気づきました。

 

「共働きで、10歳と8歳の子がいて朝から晩まで忙しいのは私のほう。夫が家事や育児に携わるのは週末だけですから。それなのに平日、帰ってきてはグチを言うんです。部署を異動した1年前くらいから。日に日に多くなってきましたね」

 

最初は、吐き出したほうがストレス解消になるからと黙って聞いていたのですが、そのうち、よく出てくる名前が耳に残るようになりました。

 

「前の部署、今の部署のこと、さらに社内の力関係まで話すので、だんだん私のほうがこんがらがってきて。しかも同じ部署の夫の先輩と上司が同じ苗字で、え、その人、誰だっけみたいになって(苦笑)」

 

どうせ話を聞くなら、きちんと耳を傾けよう。右から左に流してしまえばそれまでなのに、彼女はなんとか夫のグチの元を突き止めようと、興味がわいてしまったのだそうです。

 

 

「私の性格なんでしょうね、ハッキリしないと気がすまない。そこで、ある日、今まで聞いた周囲の人間の相関図を書いてみたんです。そうすると、あれ、ここはどういう力関係だっけと、把握していない部分が出てくる。夫の話を聞いて補足していく。そんな感じで、まるでドラマのような立派な人間関係図ができあがったんです(笑)」

 

夫のグチから相関図を書こうというマキコさん。それぞれの人物の性格なども書き込んでいく発想は、意外な方向に向かっていきます。 

相関図を見せながら夫にアドバイスを始めると

 

「登場人物、すごく多いんですよ。詳細に書いた人だけでも15人ほど。さらに、性格的な問題点、弱みなども夫に聞きながらペンの色を変えて書きました。もちろん、夫の話を聞きながら書いたわけじゃなくて。真剣に聞くふりをしながら、相関図に書くべきことを必死に記憶していたんです」

 

夫がグチを言って疲れて寝てしまうと、マキコさんは書き途中の相関図に向き合います。半年後には自分でも「自慢できるような(笑)」ものができたといいます。

 

「夫の上司と直属の役員との関係がまずいからいけないんだとか、夫の同僚のこの人は妙に社内の派閥に敏感だとか、いろいろ見えてくる。夫を中心に書いているので、じゃあ、夫はどういう対応をすればこの一派に対応できるのか、いっそこちらの派閥に入るのかなど、選択肢も見えてくるわけです!」

 

まるでミステリー小説でも紡いでいるかのようにマキコさんは夢中に。ときどき夫に「○○さんって、結婚してるの?」など個人情報も尋ねました。すると「彼は再婚だよ、社内結婚して離婚して、また社内再婚」など新たな情報も得られます。

 

「それじゃあ、この上司にはあまり引き立てられそうにないな、とかいろいろ考えて。ある日、夫に相関図を見せました。そして、“A部長にはこんな感じでお世辞を言ったほうがいいんじゃない“Bさんにはそういうことが通じない同僚Cには気をつけてとか、言ってみたんです」

夫のグチが減って物たりなくなった妻

夫はビックリ。最初は声も出なかったそうです。いつの間に、こんな壮大な相関図を作ったのか、と妻を二度見するくらいでした。

 

「あなたの会社の人間関係って、面白い。私の会社にはこんな濃い人間関係はないからと言ったら、ふうんと眺めていましたね。あなたが会社でうまく立ち回れば、このあたりから出世の道も開けるんじゃないの?と、仕事の実力以外でののし上がり方をアドバイスしたら、夫はドン引き(笑)」

 

以来、あまり夫のグチを聞かなくなったかも、とマキコさん。グチを聞かされてばかりで、頭がおかしくなりそうな妻もいるかもしれません。彼女の場合は、「今ではグチが減って、ちょっとつまらないんですよ」とあっけらかん。人物の性格からクセまで詳細に書かれた相関図を見た夫は、自分のグチの多さに再認識したのではないでしょうか。

夫のグチを聞く妻
夫の社内相関図をまとめる妻
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里 ※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。