自分以外誰も実母の介護をできず日々忙殺される

40代になると「親の介護」が視野に入ってきます。自分が働かなければいけない場合、「仕事」か、「介護」かで悩むケースも見聞きします。

 

 

総務省「就業構造基本調査」によると、2017年に介護・看護を理由に離職した者(介護離職者数)は、99000人。離職するかどうか、悩みながら日々を過ごしている人は実際どんな葛藤を抱えているのでしょうか?

介護のために、彼の転勤にはついていかないと決意

「結局、親族やきょうだいは口は出すけど金は出さない自分のことしか考えていない。つくづく孤独だなと感じています」

 

ため息をつくのは、アサミさん(44歳・仮名=以下同)です。20代半ばで結婚したものの夫のモラハラで3年後に離婚、以降ひとりで暮らしてきました。そして38歳のときに5歳年下の男性と再婚しました。彼は初婚で、彼の親が「バツイチで年上の女性と結婚するなんて許さない」と大反対だったため、ふたりは公正証書を作り、事実婚を選びました。

 

2年ほどは同居していたんですが、その後、彼の転勤が決まりました。同じ時期に父が急逝して母がひとり暮らしに。このタイミングで転勤についていくことはできず、彼も『しばらくお母さんと一緒にいたほうがいいよ』と言ってくれました。母は当時、70歳になったばかりでしたが父を失ってよほどショックだったんでしょう、一気に老いてしまって。そのうち軽い脳梗塞で入院しました」

 

1か月ほどで退院できたものの、足腰が弱って介助が必要に。アサミさんは実家に泊まり込み、母の昼食、夕食を作ってから出勤、夜も母がトイレに起きるたびに手を貸すような生活を余儀なくされたのです。

 

 

「睡眠時間はこまぎれになり、いつも疲れていました。そんな生活が1年続いて、今度は私が倒れてしまって。過労だと言われました。母は『私のせいでアサミに迷惑をかけて。死にたい』と言い出します。そう言われるとさらにつらい。いっそ離職しようかと本気で考えました」

 

そんなとき、病院のソーシャルワーカーから声をかけてもらい、さまざまな手続きを経て母は近くの老健施設に短期入所することができました。

兄も親戚も非協力的。もう母と心中するしか

 

アサミさんは退院すると、母を自宅に戻すことにしました。介護保険を使ってヘルパーさんに自宅に来てもらうように。ただ、アサミさんも仕事があり、24時間介護できる体制とはいかず、介護に空白の時間は生まれました。ある日帰宅すると、母がリビングで倒れていました。転倒して骨折、起き上がれずにいたのです。

 

「仕事をやめよう。そう思いました。でもうちは事実婚だし、私が仕事を辞めたら生活できなくなる。彼は心配はしてくれましたが、自分の生活で手一杯、3時間離れたところに住む私のことまで考える余裕はなさそうでした」

 

アサミさんには兄がいますが、結婚して遠方に住んでいるため、協力は望めません。それなのに「母親をどうすればいい?」と聞くと、「自宅にいるのが一番だろ」と言外に世話をすることを強要してきます。

 

「近くに住む親戚も、『子どもが親をみるのは当たり前でしょ』と面と向かって言うんです。いっそ母と心中したいとさえ思いました。母はそれから2年以上、退院してはまた転倒して骨折を繰り返していました。骨が弱くなっているということでしたね。同時に認知症も進んで、もうどうにもならないところまでいきました」

 

何もかも捨てて、アサミさんは彼のもとへ行きたいと思ったこともあるそうです。それでもあるとき、長時間ケアマネージャーと話し合い、「お母様も施設に行ったほうが安心かもしれませんよ」と言われて目が覚めたといいます。

 

「施設に預けることだけはしてはいけない、だから私が頑張らなければいけないと思い込んでいたんです。でもこのままだと私、本当に母に手をかけてしまいそうなくらい追い詰められていました。ケアマネさんの話がすんなり腑に落ちたんです」

もう誰にも縛られない。私は私の道を行く!

相変わらず兄や親戚は大反対でしたが、もうそんな声を気にする必要はないと決め、母親に言い聞かせて施設で暮らしてもらうことにしました。自分自身も罪悪感を持たないように心がけながら。

 

「コロナ禍でしたが、施設の温情もあってときどき母には会えています。月に一度は彼にも会えるようになったんですが、実は私、事実婚を解消しました。彼だって大変だからと、自分でも気づかないうちに彼をかばっていましたが、私があれほど大変なときに結局、寄り添ってはくれなかったという思いが強くて

 

今春、彼女は再度、「ひとり」に戻りました。もしあのとき父が亡くならなかったら、母が病気にならなかったら、今頃、彼と平和に暮らしていたかもしれません。ただ、振り返ってもしかたがないとアサミさんはにっこり笑います。

 

「人生で一番若いのは今日なんですよね。“自分の人生を最優先させて何が悪い”と、最近、ようやく思えるようになりました」

自分以外誰も実母の介護をできず日々忙殺される
施設に入れる踏ん切りをつけて新しい生活に臨む女性
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里 ※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。