携帯電話の普及によって、吃音者たちの精神的な負担を大きく減ってきているといいます。また、コロナ禍でコミュニケーションの前提も変わり、自分らしく自分の言葉を紡げるようなったそうです。いま、吃音者を取り巻く環境はどのように変わったのでしょうか?

携帯電話の普及で“電話への恐怖”が減った

—— 現代社会が吃音を持つ人にもたらす影響について、教えていただけますか。

 

菊池先生:

吃音者がもっとも苦手意識を持っているのが、電話です。固定電話しかなかった時代は、電話をかけて相手が出たときに、第一声を出すことができないこともしばしば。すると、無言な時間が数秒続き、「もしもし」と急かされたり、いたずら電話と勘違いされて電話を切られることもありました。

 

しかし、携帯電話の登場で状況は一変しました。携帯で電話をかけると、相手の携帯に自分の名前が表示されます。だから名乗る必要もなくなり、精神的な負担が減りました。

 

また、固定電話だと、職場で周囲に自分のどもりを聞かれることを嫌がる人が多くいました。でも、携帯電話なら人から離れた場所で電話できるため、リラックスして話せるようになったのです。

 

便利になったのは、通話面だけではありません。文字を使うメールやチャットで、話すこと以外でも、簡単にコミュニケーションが取れるようになりました。

 

—— 現在コロナ禍でリモートワークが広まり、働く環境が変わってきていますが、吃音を持つ人にどのような変化がありますか。

 

菊池先生:

実は、吃音者によくある悩みはむしろ減っています。例えば、これまでなら吃音のある子どもが何か言いたいときにモゴモゴと口が動いて、友達にからかわれることがありました。いまはマスク生活では口元が見えないため、そのようなからかいが減っています。

 

仕事においては、セミナーやプレゼンテーション、説明会のような場で録画した発表者の動画を流すことが当たり前になりましたよね。これにより、何度も撮り直しができるため、「自分の発表内容が、その場で上手く伝わらなかったらどうしよう」といった不安が減りました。

吃音は隠すのではなく、オープンにするのが第一歩

—— 携帯電話によって状況が改善されている面もあるという話でしたが、まだまだコミュニケーションにおける悩みは解消されない部分もあるかと思います。当事者が周囲の理解を得るためには何が必要でしょうか?

 

菊池先生:

周囲に対して、自分を語ることではないでしょうか。吃音者は自分の吃音と何十年も付き合っています。しかし、他者に自分の吃音を説明する経験がたりていないように思います。

 

どんなことを苦痛に感じ、窮屈に思っているのか。それを言葉にして伝えることができれば、相手は「この人は、吃音でこんなことに困っているのか」と気づくきっかけになります。

 

ですが、声に出して伝えることにこだわる必要はありません。筆談をしながら、コミュニケーションをとるのもあり。大切なのは、「伝えること」ですから。

 

また、吃音者は吃音がない人と比べて、言葉を発することにハンディキャップがあるため、吃音は精神障害者保健福祉手帳の対象となっています。特に、吃音者は就職活動での面接で言いたいことがうまく伝わらず、苦労されている人が多くいます。一般的な採用枠ではなかなか選考が通らない場合は、精神障害者保健福祉手帳を取得して就職活動に臨むことも選択肢の一つです。

1人で悩まず「吃音外来」に相談を

—— 周囲との関係に悩む人にとって、自分について知ってもらうことが大切なのですね。ところで、自身の吃音と向き合うための手段として、吃音外来で相談することもあると思います。吃音外来はどんな人におすすめか、教えていただけますか。

 

菊池先生:

吃音によって生きづらさを感じているならば、吃音外来で相談してみる価値はあるでしょう。自分の吃音を悪いものだと思い込んでいる人は、外来に来れば吃音に対するとらえ方を変えることができます。

 

吃音外来以外にも、自分と同じ吃音者の体験記を読むことで、自分の頭の中を整理できるはずです。おすすめを挙げるなら、小乃おのさんの漫画エッセイ「きつおんガール」(合同出版)や私の著書でもある「吃音の世界」(光文社新書)など。自分を客観的に見ることができ、自分の吃音を受け入れるきっかけになるかもしれませんね。

 

 

吃音で周囲とのコミュニケーションに悩んでいるならば、まずは自分の吃音について話してみましょう。吃音に対するネガティブなイメージがあるなら、吃音外来で相談したり、自分の中で考えを整理することも必要です。

 

一方で、身近に吃音で悩む人がいるなら、話をじっくり聞く姿勢が理解の第一歩になるでしょう。

 

PROFILE 菊池良和さん

吃音症を専門とする医師。九州大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究院臨床神経生理学教室で博士号を取得。現在は、同大学病院耳鼻咽喉科・頭蓋部外科において、吃音外来を行っている。

取材・文/廣瀬茉理 ※プロフィール以外の画像はイメージです。