コロナ禍で、子どものタブレット学習やオンライン授業は一気に加速しました。それだけでなく、保護者自身の生き方・働き方が一変したという人も少なくないでしょう。価値観がどんどん変化する中で、私たちは子どものために何ができるのでしょうか。
「これからの教育・求められる力」特集第2回は、前回に続き、地方女子というハンデを乗り越え、名門スタンフォード大学に合格を果たした松本杏奈さんのインタビューです。
学校ではうまく馴染めない時期もあったという松本さん。日本の教育に何を思い海外大学を志望するようになったのか、その道のりを聞きました。
アメリカの教育は寛容で自由
── スタンフォード大学では機械工学を学ぶ予定とのことですが、そもそも科学に興味を持ったきっかけは?
松本さん:科学というか、小さいころから物作りが好きでした。NHK『つくってあそぼ』のワクワクさんの大ファンで、いつも工作をして遊んでいました。割りばしと輪ゴムを組み合わせたマジックハンドを作って「UFOキャッチャー」にしたり、歯車をたくさん作って動く遊園地を再現したり。
一方、気持ちを言葉で表すのはとにかく苦手で、うまく伝えられない思いを絵にぶつけたりしていました。
── 得意・不得意の差が激しいと、学校生活に苦労したのではありませんか。
松本さん:国立の小学校に不合格だったという事もあり、私立の小学校に入学させてもらいました。そこは「いい子」が圧倒的に多い環境で。先生の指示に従うのが苦手な私はすごく目立ってしまって、いつも怒られていました。
中学に進学してからも、私だけ特別指導されることが多かったですね。
日本では「授業妨害」と指導されることもアメリカなら…
── 海外を目指したのは、日本の教育にはないものを求めたからでしょうか。
松本さん:そうですね、アメリカは寛容で、自由です。
何よりアメリカの大学は、積極的な発言を歓迎されるのがいいですね。
日本だったら、授業中に意見や質問を口にしても、答えてもらえなかったり、「授業妨害だ」と指導されることも少なくない。
でもアメリカでは、簡単な質問をしたら「みんなの心のハードルを下げた」、関係ない質問をしたら「話題を広げた」、難しい質問をしたら「レベルを上げた」と評価されます。
研究環境についても、「社会に貢献する研究」だけじゃなくて、「もしかしたら社会に貢献するかもしれない研究」が許されて研究開発費がもらえることや、1年生から研究できることにも惹かれました。
「徳島県の岡本太郎、松本杏奈」を名乗ったきっかけ
── 海外大学の受験は、日本の受験とはだいぶ異なりますよね。
松本さん:アメリカの大学入試の場合、SATというテストのスコア、英語力、学校からの推薦状、学校の成績、課外活動、受賞歴、自分で書いたエッセイなどを提出します。
── とくに課外活動や受賞歴で実績を積むには、早くからの準備が必要になってきますよね。
松本さん:ええ、海外大学進学という道を知ったのが、高2の夏に参加したアジアサイエンスキャンプという校外プログラムなんですが、それに選ばれるにも課外活動の実績が必要です。実際、選ばれた子たちは、科学系オリンピック金賞とか、既に一定の活動実績がある人ばかりでした。
一方、私がそのプログラムに応募したときは、それまで目立つ活動はしてこなかったので、活動実績欄は白紙だったんです。だから課題作文でアピールしました。「SDGsの17目標のうち、一つ選んで解決方法を示せ」という題材だったので、ジェンダーを選んで「地方女性の星になる」「自分が科学者になって背中を見せる」と書きました。
それでなんとかアジアサイエンスキャンプの日本代表に選ばれたんですが、自己紹介のときに困りました。他のメンバーは研究分野で有名な人ばかりでしたが、私には特に紹介できる実績がない。アートでの活動もしていたので「徳島県の岡本太郎、松本杏奈です」と名乗っていました。
その後も「地方女性の星になる」というのは私のアピールポイントの一つになっていました。
周囲の反対を押し切って数々の校外活動に参加
── 実績がない中でも印象に残るアピールができたのは松本さんの実力ですね。その後はどうやって活動実績を作っていったのですか。
松本さん:校外活動に関しては、「受験勉強もしないで…」と周囲からの風当たりが強かったです。でも、アジアサイエンスキャンプで刺激を受けてさらに情報を集めたくなって。
まず、アジアサイエンスキャンプから帰国してすぐに東京大学グローバルサイエンスキャンパスに申し込み、9月から参加することができました。
── 帰国したのが8月で、9月には徳島から東京大学に通う生活が始まったんですね!
松本さん:ただ毎週土曜に学校を公欠して東京に通わなければいけないこともあって、母や学校には反対されました。
その都度説得したり、反発したり、時には「あなたの推す医学部の推薦入試に有利になるよ」と嘘をついたり…。
そうやってなんとか参加していました。
10月からは徳島大学のロボットプログラミング講座を受けることにしたので、土曜の始発の飛行機で東京に飛び、東大のプログラムに参加して、1泊して始発で徳島に戻り、その足で徳島大学の講座に滑り込むというスケジュールでした。
── さらに翌2月には国立情報学研究所グローバルサイエンスキャンパス「情報科学の達人」プログラムに第1期生として合格したんですよね…。
松本さん:本当に目の回るような忙しい日々でした。
どのプログラムに参加しても輝かしい実績を持つ優秀な子ばかりで、自分と比べて悩んだりもしました。
でも、東京大学の鳴海紘也先生に出会ってからは悩まなくなりました。「僕は文系出身で、アイデアで戦ってきたから」と励まされたのが大きかった。アートと技術の融合を目指す私の思いと完全に一致して、すごく刺激を受けました。
マイノリティに手を差し伸べるアメリカの大学
── 高2の夏から駆け足で実績を作っていって、受験の結果はいかがでしたか。
松本さん:アメリカの大学を19校受けて6校合格です。世界ランクが低い学校には落ちたのに、上位の、日本人が例年1人合格するかどうかというスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校などに受かったのは予想外でした。
── 都会の恵まれた環境の高校生に負けない結果を出せたのはなぜだと思いますか。
松本さん:海外の大学にある「苦境にある人にチャンスを与える気風」と、私の主張や頑張ってきたことがマッチしたからだと思います。
とくにスタンフォード大は、ホームレスだった人や武力衝突に巻き込まれているパレスチナの人も合格しています。苦境で頑張る姿勢を積極的に評価しているのでしょう。
── 松本さんはエッセイで頑張りをアピールしたんですよね。
松本さん:はい、大学側は受験者と大学の相性を見るためにエッセイを重視していて、どんなに優秀な人でも相性がよくなければ合格できません。
── 松本さんがどんなエッセイを書いたのか気になります!
松本さん:
父の車に乗り込むと、洗剤の落ち着いた香りが鼻をつき、まだ 私達が"家族"だった頃のことを思い出した。凍てついていた私の科学への道が、ようやく解け始めた
と、進路に反対する母から離れ、父のもとに身を寄せるところから始まるエッセイです。そこから、幼い頃の科学との出会い、アジアサイエンスキャンプでの科学との再会、そして科学の道を志すまでをつづりました。
── 折れない心が認められ、ついにスタンフォード大学へ。研究以外にどんなことを学びたいですか。
松本さん:私の大きな目標は、マイノリティの人たちが生きやすい社会を作ること。これまで、機械工学で、目の不自由な人や耳が不自由な人が楽しめる、触覚を使ったデバイスの開発をやってきたので、それをスタンフォードでも続けるつもりです。
自分自身が地方出身であること、言語表現が苦手なこと、周囲と合わせられないこと…。私はマイノリティの要素を多く持っています。また、身近に重度の障がい者がいたこともあり、障がい者と知り合うことも多かった。
当事者だからこそわかるさまざまな問題がありますが、この事実を多くの人は知らない。そのことに、外に出てはじめて気づいたんです。
「マイノリティにおける問題は、見えている人、つまり自分が解決しなきゃいけない」と思っています。
評価されず苦しんでるなら、土俵を変えてみて
── いま、いろいろな事情で抑圧されて苦しんでいる後輩たちにアドバイスはありますか。
松本さん:みんな、ものすごく頑張っているだろうから、安易に「頑張れ」とは言えないです。ただ「土俵を変えてみたら?」とは言ってあげたい。土俵を変えてみたら、それまでマイナス評価されていたものが逆転することってありますから。
── 大人たちに言いたいことは。
松本さん:「たった一つの軸で評価しないで」ということでしょうか。
あとは、お金の支援がほしいですね。苦しんでいる子が多いので。パソコンとネット環境の支援があるだけでも違うと思います。
── そういう意味では、子どもに1台ずつパソコンを配るGIGAスクール構想によって、新しい可能性が生まれてくるかもしれませんね。
松本さん:そうなるといいですね。女性でも、地方出身でも、裕福じゃなくても、多くの人にチャンスのある社会であって欲しいと思います。
<前編>松本杏奈「誰も応援してくれないのは女子だから」スタンフォード大に合格した女性が「地方女性の星」を目指すワケ
PROFILE:松本杏奈(まつもとあんな)さん
徳島県出身の18歳。アジアサイエンスキャンプなどさまざまな校外プログラムに参加したことをきっかけに、海外大への進学を考えるようになる。米国の名門大6校に合格。21年秋よりスタンフォード大学に進学予定。
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取材・文/鷺島鈴香 撮影/河内彩 イラスト/えなみかなお