松本杏奈

ここ数年、教育をめぐる価値観や環境は大きく変化しています。コロナ禍で、子どものタブレット学習やオンライン授業が加速しただけでなく、保護者自身の生き方・働き方が一変したケースも珍しくありません。価値観がどんどん変化する中で、私たちは子どものために何ができるのでしょうか。

 

子どもには好きなことを見つけて伸ばして欲しいけれど、その環境はどう整えればいい?変化の激しい社会においてどんな力があれば、強みになる?

 

新しい課題に挑戦する学生や、オンラインによる学びを牽引する大人、キャリアカウンセラーへの取材を通して考えます。

 

「コロナ後の教育・求められる力」特集第1回に登場するのは、この春スタンフォード大学に合格を果たした松本杏奈さんです。スタンフォード大学といえば、大学世界ランキング2位(2021年)の超名門。

 

「世間の目」や「伝統的な価値観」に縛られがちな地方において、何を想いどう戦ってきたのか、振り返ってもらいました。

親も学校も同級生も応援してくれない

── 海外大学受験にあたって、自身が「地方女性」であることを強く意識されたそうですね。

 

松本さん:はい、実は私が今回の受験で一番感じたのは「勉強が辛い」でも「地方在住ゆえの情報不足」でもなく、地元に根付いていた「女性が学ぶことへの偏見」でした。

 

── それはどういうことですか?松本さんは、徳島県でも有数の進学校に小中高と通われていました。女性が学ぶことに対して理解ある環境のように思えますが。

 

松本さん:それが全然!!すごい逆風でした。勉強が得意な女子は、資格が取れて将来の仕事が確定する医歯薬系の学部や、法学部に行くという価値観が強くて。

 

私は機械工学で、目や耳が不自由な人が楽しめる、触覚を使ったデバイスの開発をやりたいと考えていたのですが、学校からは医学部を猛プッシュされ続けました。

 

── 医学部はどうしても嫌だった?

 

松本さん:絶対嫌でした(笑)。だって私は機械工学でやりたいことがはっきりしていて、しかもそれを叶えるにはアメリカの大学が最適だということまできちんと洗い出しているんです。

 

そういう人に対して、別分野に行けと説得するのはナンセンスだなぁと感じていました。アインシュタインに無理やり絵を描かせようとするのと同じだなぁって。

松本杏奈

海外志望を公言してから、よく先生に呼び出されていました。「海外なんておかしなことは言わずに、そろそろ現実を見て決断するときや。徳島大学医学部とかどうやろ」って説得され続けました。

 

女子が理工系に進む、ましてや海外の大学を目指すのはありえないという感じでしたね。

 

大人だけでなく、クラスメイトもそんな感じでした。「日本人がアメリカなんかに行けるの」「アメリカの大学受験って簡単なんやろ。逃げやん」って。(受験に必要な)校外プログラムへの参加を「受験勉強もしないで遊んでいる」と皮肉を言われたこともありました。

東京の学生との交流で感じた自分の環境への違和感

── そもそもなぜ「海外」を志望したのですか?

 

松本さん:高2のときに、アジアサイエンスキャンプという校外のプログラムに参加したことがきっかけです。

 

アジアサイエンスキャンプはアジア出身のノーベル賞受賞者を増やす目的で実施されているもので、2019年は中国で開催されました。日本からはとくに東京のトップの子たちがたくさん来ていたんですね。そこで初めて、同世代がどういう環境で生きているかを知りました。

 

社会問題に関心があって、興味のあることを研究して、さまざまな国際大会に出場して優秀な成績をおさめて。みんなそれぞれの環境で輝いていましたね。

 

それで「もしかして私がいる環境っておかしくない?狭くない?」と気づいて。みんなから刺激を受けて、海外大学という進路を考えるようになりました。

猛勉強で周囲の反応が変わっていった

── 素敵な出会いに恵まれても、地元に帰れば応援してもらえない。逆風にはどのように対応しましたか。

 

松本さん:それでも、絶対に屈したくなかったんです。先生や親からの説得は続いていましたが、そのたびに私が逆に毎回プレゼンして、説得して。そうしたら、説得担当の先生が寝返ってくれて、海外大学受験をサポートしてくれるようになりました。

 

── 松本さんの本気を先生がついに認めたんですね。頑張りましたね!

 

松本さん:「理工系が好き」という私の能力を認めてください、正当に扱ってくださいってずっと思っていました。「体力がない」「子どもを産むときに休む」とか、女性ということでマイナスにされるなら、プラスマイナスゼロになるぐらいプラスの能力をつければいいんだろうって、とにかく勉強しました。

 

私が身を削るように猛勉強して、海外にいくための校外活動をフラフラになりながらも強行して。そうしたら、みんなが「あいつは本気だ」「松本はやばい。ガチでやるぞ、あいつは」みたいな感じになってきたんですよ!

 

それでだんだん、みんなが味方になってくれました。

松本杏奈

── そこまで頑張れたのはなぜでしょう?

 

松本さん:「海外で学びたい」だけではなく、「後輩のために前例になりたい」という気持ちがあったからだと思います。

 

私はもともと我が強くて、先生にも面と向かって意見するようなタイプで目立っていたんです。そんな私が「やっぱり自分の夢は叶えられませんでした、みんなの言う通りでした」と諦めたら、後輩が「あの松本でも駄目だったんだから、私は無理」って思っちゃうかなって。

 

ここで私が折れてしまったら徳島は何も変わらない、私だけは意地でも行かなきゃっていう、謎の使命感がありました。私の姿を見て、後輩が海外進学を選択肢に入れるようになってくれればうれしいです。

コロナ禍や地方ハンデは情報収集で克服

─ 海外進学ってまだ少数派だと思うのですが、やはり都会より地方の方が不便でしたか。

 

松本さん:情報がないのはもちろん、そもそも受験するまでの費用負担が大きいです。例えば、英語力を証明するために検定試験のスコアを提出しますが、TOEFLだったら1回受験するだけで受験料が約3万円。しかも会場受験が一般的で、徳島だと会場に行くまでの交通費と前泊のための宿泊費までかかります。

 

アメリカの大学の説明会も、今までは東京で実施されていたから、そこまで行かなくてはならなかったんですよ。

 

── そうしたハンデをどうやって乗り越えたんでしょう。

 

松本さん:オンラインでの格安・無料のサービスやサポートがあるので、それを利用しました。とくに、海外受験をめざしているけれど経済的・地理的に不利な学生を、無償かつオンラインでサポートしてくれる「アトリエ・バシ(atelier basi)」の存在は心強かったです。

 

また、英語の検定試験に関しては一般的なTOEFLではなく、経済的に困難な人のために開発された英語学習アプリ「Duolingo」が提供するDuolingo English Testを使いました。検定料が1回5000円と圧倒的に安いし、自宅でオンライン受験ができるから、費用負担が少なくて済んで、すごくありがたいんです。

 

それから、アメリカの大学を受験するにはSAT(アメリカの高校生が受ける、大学進学のための標準テスト。入学審査においてスコアの提出が求められている)を受ける必要があります。その会場も数が少なく、地方の人は交通費や宿泊費の負担が大変なのです。

 

ただ、今はコロナ禍でSATはマストじゃなくなっているので、地方で経済的に困っている人は助かると思います。

 

── 松本さんはSATの受験はされたんですよね?

 

松本さん:私はGoToトラベルを利用して、徳島から一番近い会場の神戸で受験しました。滞在中の食事はGoToトラベルでもらえる差額の現金返金と、クーポンで。

 

神戸には「アトリエ・バシ」やSNSを通じて知り合った海外大学受験の西日本組が集まって。戦友と楽しいひとときを過ごせました。

松本杏奈

── さまざまなサービスを利用して工夫して受験されたのですね。

 

松本さん:そうですね。GoToトラベル、検定料の安い「Duolingo」、SNSでの仲間との交流…、あらゆるものを活用して受験に臨みました。やはり情報は大事だと思います。

 

コロナ禍が続く中、これからの社会がどう変わっていくかはわかりません。去年の私がスタンフォードに行く私を想像できなかったように、私が来年どうなっているのかさえわからない。

 

でも、最終的には徳島に戻りたいと思っています。戻って徳島を変えていきたいです。そのために今できることを精一杯やると決めています。

 

<後編>「マイノリティこそ土俵を変えてみて」自称“徳島の岡本太郎” 松本杏奈が伝えたいこと

 

PROFILE:松本杏奈(まつもとあんな)さん

徳島県出身の18歳。アジアサイエンスキャンプなどさまざまな校外プログラムに参加したことをきっかけに、海外大への進学を考えるようになる。米国の名門大6校に合格。21年秋よりスタンフォード大学に進学予定。

 

特集TOPに戻る

取材・文/鷺島鈴香 撮影/河内 彩