不妊治療中のカップル

不妊の悩みは当事者でないと理解しづらいことがある ── 。そんな女性たちの思いを知る産婦人科医・遠見才希子さん。男性不妊で夫が手術、8回にわたる人工授精、体外受精と不妊治療を経験した当事者でもあります。

 

「不妊治療中はネガティブな感情が渦巻いていた」と明かす遠見さん。その発言から、バツイチ子なしのライター、2人目不妊を経験した編集部員も、それぞれの立場から“子どもの有無”というデリケートな問題を考えることに…。

 

産婦人科のお医者さんという立場で不妊治療を経験した遠見さんが、ご自身の不妊とどのように向き合ってきたのか。本音が飛び交うディープなインタビューを3回にわたってお届けします。

男性不妊と診断され…手術を受けた夫

── 人工授精、流産、体外受精と、不妊治療の様々なステップを経験していらっしゃる遠見さんですが、あらためて治療の経緯について教えていただけますか?

 

遠見さん:

30歳で結婚し、すぐに妊活をスタートしました。自宅で排卵日予測検査薬などを使用していましたが、1年以上経っても授からなかったので、勤務先の病院で検査を受けたのが不妊治療の始まりです。

 

最初に受けたのは、排卵の時期、性交渉した後に受診し、内診台で腟から頸管粘液を取って顕微鏡で見るという“フーナーテスト”でした。通常、顕微鏡をのぞくと、精子が活発に動く様子が見えるのですが、私の場合は精子が1つ2つほどしか見えず、衝撃を受けました。

 

でも、それだけでは判断がつかないので、夫が検査を何回か受けた結果、夫の精索静脈瘤が判明。“おそらく男性側が原因の不妊でしょう”という診断結果になり、夫が手術を受けることになりました。


── 男性不妊で手術というのは、よくあるケースなのでしょうか。手術となるとためらう人も多そうです。

 

遠見さん:

精索静脈瘤とは、男性不妊の原因のひとつであり、それ自体はさほど珍しいケースではありません。

 

男性不妊が判明したとき、夫は「原因が自分にあることがわかって良かった。手術ができるものならぜひ受けたい」と言いました。不妊治療に関わる時点で、妻側の負担が大きいことは夫なりに理解していたと思うので、自分にできることはすべてやろうと思ったようです。

 不妊治療ですれ違い離婚に至る夫婦も

── 夫婦で不妊治療に向き合っていたことが伺えるエピソードですね。不妊に悩む女性からは、「夫が治療に積極的ではない」「“協力してあげている感”があり、当事者意識が薄い」という声も聞きます。実際、不妊治療がきっかけで夫婦の間に溝ができたり、最悪の場合、離婚に至るケースも…。

 

遠見さん:

確かに、患者さんのなかには、“夫の理解が得られず、通院をいったんお休みします”という方や、夫が検査を拒否しているために原因がよくわからないまま治療を続けているという方もいます。

 

男性が検査の結果にショックを受けて通院を止めてしまうというケースもありますが、そもそも不妊の原因は男性にも女性にも様々あり、男性側の検査はそのときどきで数値がかなり変動するんですよ。それを理解したうえで、受けることが大事かもしれません。

 

とはいえ、不妊は原因不明というケースも多いです。私は、男性不妊がベースの不妊症という診断でしたが、それだけが原因だったかどうかは今でもわかりません。

流産を経験し「言葉の無力さ」を知った

── 人工授精にステップアップした後、一度妊娠されたんですよね。

 

遠見さん:

人工授精にチャレンジした1回目で妊娠しました。ところが、喜びもつかの間、妊娠7週で稽留(けいりゅう)流産しました。

 

── つらい経験をされたのですね…。

 

遠見さん:

今思い出しても本当に悲しく、つらい経験でした。それまでたくさんの流産の患者さんと接してきましたが、自分が当事者になって痛感したのは、“どんな言葉をかけられても救われることはない”という思い。流産は一定の確率で起こるものだと頭では理解していたけれど、心にぽっかり穴があいたような喪失感に襲われました。

 

結局、8回の人工授精を経て、体外受精へとステップアップ。1回目の採卵、3回目の移植で妊娠しました。

 

治療をスタートして結果的に1年で妊娠し、その後出産できたのは、順調な経過だったと思いますが、当時はすごく長く感じましたし、心が苦しかったですね。

診察中の女性

── 不妊治療中は、落ち込んだり、ネガティブな感情が沸いたりと、メンタルが不安定になりがちだと聞きます。遠見さんもそうだったのでしょうか?

 

遠見さん:

まさに私もそうでした。自然妊娠していく人たちをうらやましく感じたり、ネガティブな感情が渦巻くこともしょっちゅう。正直、かなり荒んでいました。そんなときは、同じ病院の不妊治療仲間に思いを吐き出したり、悩みを打ち明けあったりしていました。

 

でも、同じ悩みを抱える仲間であっても、互いの妊娠は打ち明けにくかったり…。不妊の問題のデリケートさ、難しさを痛感しました。

 「不妊治療より子育ての方が大変」のひと言は今も忘れない

── 本企画の編集担当も2人目不妊を経験して、ネガティブな気持ちから抜け出せない日々だったと振り返っていました。産婦人医としてたくさんの患者さんと接してきた遠見さんでも、やはりご自身のことなると冷静になりきれない部分があったのですね。

 

遠見さん:

もちろん産婦人科医ですから、治療へのアクセスはスムーズでした。自分の勤務先で知っている先生に診てもらい、わからないことがすべて聞けたという意味では、一般の不妊患者さんよりもアドバンテージはあったと思います。

 

とはいえ、メンタルの面では、不安になって感情が昂ったり、人の言葉に敏感になって、心が揺れ動くこともありました。

 

今でも忘れられない出来事があります。「このつらい不妊治療を早く脱したい、ラクになりたい」と思わず弱音を吐いたら、ある人から「出産後の子育ての方がもっと大変だよ」と声をかけられたんです。きっと励ましのつもりだったんだと思いますが、すごく悲しくなってしまって…。

 

子育てが大変なのは十分わかるけれど、今、私がつらいのは、いろいろな治療を受けてもなかなか妊娠できないという目の前の現実。苦しみの真っただ中にいる人間に「人生にはそれより大変なことがある」と発破をかけても、何の救いにもならないのかもしれない…と悟りました。

 

── “子どもの有無”に関わることは特にデリケートですよね。私はバツイチ・独身で子どもはいませんが、あるとき友人が私宛ての年賀状にだけ子どもの写真を載せていなかったことを知り、申し訳なさと同時になんとも言えないショックを覚えました。不妊治療中の人なら、「新しい家族ができました」という年賀状に傷つく人もいるかもしれません。

 

遠見さん:

子どもの頃から感じてきた“当たり前”って、知らず知らずのうちにこういう部分に表れるのでしょうね。「子どもを産むことが女性の幸せ」という固定的な家族観やジェンダー観は、そうそう払拭できないのかもしれません。

 

でも、時代は変わっていますから、意識のバージョンアップも必要ではないでしょうか。過去の固定観念に縛られず、もっとその人自身が尊重される社会になるといいなと思います。

 

PROFILE 遠見才希子さん

遠見先生プロフィール画像
1984年神奈川県生まれ。産婦人科医。2005年、大学時代から“えんみちゃん”のニックネームで、全国900か所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。現在、筑波大学大学院社会精神保健学分野博士課程在籍。著書に「ひとりじゃない 自分の心と体を大切にするって?」、「だいじ だいじ どーこだ? はじめてのからだと性の絵本」。

取材・文/西尾英子  ※プロフィール以外の画像はイメージです。