成果を出しても不安になる女性

大きな仕事を任されると不安で「私なんて…」と思う。うまくいっても「たまたま」と返して、自分を過少評価。なんだか気苦労が絶えない。性格や病気ではないけれど、そんな損な状況で働き続ける人が一定数います。

 

このような人は、自分を肯定的に評価できない「インポスター症候群」かもしれません。ハリウッドスターでさえも陥ったことがあると言われ、この状態が続くと、うつのような内面疾患に発展する可能性も。心理学者の晴香葉子さんにお話を伺いました。

完璧主義や繊細な人ほど注意が必要

—— そもそも「インポスター症候群」とは、どのようなものなのでしょうか。

 

晴香さん:

1978年に臨床心理学者のポーリン・R・クランスとスザンヌ・A・アイムスが提唱した概念で、端から見れば成果や結果を出しているにもかかわらず、自信を持てずに、周囲からの期待を必要以上に感じ、不安が表れる状態を指します。インポスター(Impostor)”とは、英語で“詐欺師”という意味。その名の通り、“自分には実力がない”と思い込んでいることから、期待してくれる周囲に “自分には実力がある”と騙しているような罪悪感を抱きます。

 

—— どのような人が陥りやすいのでしょうか。

 

晴香さん:

誰でもなりうるもので、日本人は“インポスター症候群”に陥りやすい人種だと言われています。謙虚さを大切にする気質が、自分を“劣っている”と評価することにつながってしまうのです。

 

また、“完璧主義”や“繊細”、“自己肯定感が低い”、“頑張りをアピールすることが苦手”、このような性格の人は特に気をつけましょう。なかでも完璧主義の人は、自分の頑張りが結果で100%達成できないと、肯定的に捉えることができなくなってしまうのです。

 

—— ほかには、どのような原因が考えられますか。

 

晴香さん:

“学歴社会”や“社会的アファーマティブ・アクション”などの社会的背景も関係していると思います。

 

知的能力を重視する“学歴社会”においては、勉強以外は過保護に育てられる傾向が強く、ほかのことができなくても許される環境となります。そのため、できないことがあると、学力以外の能力に対する不安や劣等感が高まりやすくなるのです。

 

“社会的アファーマティブ・アクション”とは、格差を埋めるためにマイノリティを優遇する取り組みです。例えば、企業における“数合わせ”的な女性役員の起用が挙げられます。実力で出世したにも関わらず、自分の成功は社会的な取り組みのおかげであって、自分の仕事ぶりが評価されたからではない、と思ってしまうのです。

孤独な時間が悩みを深めてしまう

—— インターネット社会が「インポスター症候群」に与える影響はありますか。

 

晴香さん:

SNSで他人の動向をよく目にするようになり、つい自分と比べてしまうことが多くなったのではないでしょうか。またその一方で、自分とは直接関係のないネット上の炎上によっても、傷ついたり、落ち込んだり。不安感や自信喪失を招くことがあります。

 

—— リモートワークが中心となったコロナ渦では、人との接触機会が減り、スマホを見る時間が増えました。これによりどのような変化が起こっていますか。

 

晴香さん:

以前は、職場の仲間や友人と飲みに行って気持ちを吐き出す機会がありましたが、外出の自粛により一人の時間が増えて思いつめやすい状況になったように思います。また、リモートワークでは仕事の成果が周りから見えづらいため、自分の仕事ぶりが伝わっているか悩んでいる人も多いはずです。

ちょっとでもできたらチョコで自分を労おう

チョコレートを食べる女性

——「インポスター症候群」の予防や対策するには、どのようなことをすべきでしょうか。

 

晴香さん:

“自己肯定感のアップ”と“小さな成功体験の積み重ね”を心がければ、ネガティブなことに意識が向きにくくなります。例えば、嬉しいことがあったら手帳やスマホに書き留めたり、頑張った自分にチョコレートのような小さなご褒美をあげたり。仕事や家事でのタスクを付箋に書いて完了したらはがしてみるのもありです。ちょっとしたことでも、“できた”と達成感を感じられるようにしましょう。

 

記念写真や資格の合格証、卒業証書なども部屋に飾って、過去の成果を可視化することで自分に自信をつけさせることも有効でしょう。それと、ふだんから謙虚すぎる姿勢で自分を卑下しないよう、褒められたら素直に“ありがとう”と言うことも大切です。

 

また、ミスをすると引きずってしまいがちな完璧主義の人は、失敗は成功のためにあると思って、気持ちを切り替えましょう。上司へミスや結果が出ないことを報告する際も、謝るだけでなく、次への学びになったとポジティブな内容で終わらせる。失敗談は、後輩へのアドバイスの例として挙げたり、自分の弱みを周囲に見せる。そうすることで、ミス=失敗として引きずらずに、消化していけます。

 

——「インポスター症候群」を一人で抱え込まないために、夫婦間でできる対策はありますか。

 

晴香さん:

夫婦で仕事の失敗について話して合うのも手です。自分だけが失敗をするわけではないのだと思えるようになり、気が楽になりますよ。一緒に気分転換するのも良い方法です。食事や趣味などで、旦那さんと一緒に楽しい体験を共有しましょう。

 

もちろん、“インポスター症候群”の傾向がある時はパートナーに相談してください。悪化して、うつのような内面的な疾患に向かわないためにも、協力を仰ぐことが重要です。自分の食欲や睡眠などいつもと様子が違うようだったら、旦那さんに声をかけてもらったり、食後や子どもが寝た後に夫婦の時間をとって、自分から悩みを打ち明けたりして対策をしましょう。

 

真面目で頑張り屋の人が多い日本人は、その傾向も強いとされる“インポスター症候群”。特に、優秀な人ほどパーフェクトを目指しがちです。しかし、仕事と家庭の両立でも十分頑張っています。自分に自信がなく不安を感じる人は、自分の頑張りを認めてあげられるよう日々の小さな達成感を大切にしましょう。また、家族に相談することも忘れずに。

 

PROFILE  晴香 葉子さん

晴香葉子さん
心理学者、心理コンサルタント、早稲田大学オープンカレッジ心理学講座講師。企業での就労経験を経て、心理学の道へ進む。博士課程単位取得後、成城大学大学院文学研究科において研究を続ける傍ら、執筆や講演、監修などの活動を行っている。メディア出演実績も多数。著作や寄稿は30冊を超えて、海外でも4冊出版。

取材・文/廣瀬茉理