中学生のトニーニョくん(15歳)と3人で暮らす、漫画家の小栗左多里さんと外国人でジャーナリストの夫・トニーさん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「異文化で育った者同士はどうやったら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から感じたことや自分の幼少期の体験を、それぞれに語ります。

 

今回は、前回に引き続き「制服」について。左多里さんの制服への思いを受け、自身の制服にまつわる思い出を語ってもらいました。

6歳から着続けて「制服が必要な理由」を最近ようやく理解した

「ユニフォーム」と聞くと、スポーツウェアを思い浮かべる人が多いかもしれない。でも英語をはじめとして、多くの言語ではこれは制服全般を指す言葉。「ユニ」と「フォーム」からなる言葉で、語源は「形が一つ」、つまり「均一、均等」という意味。その根底には、“皆で同じ服を着れば、同じになる”という意図が感じられる。

小1でいきなり3つの制服を経験。困惑しつつも…

僕は小学校1年生になったとき、いきなり3つの制服を着ることになった。

 

まず、通っていた小学校の服。チェック柄のズボンとジャケットにライトブルーのシャーツ、だったかな。帽子はなし。一番印象に残っているのはネクタイだ。ダービー・タイというごく普通のものだが、クリップオンではなく、結んで着る方式。毎朝、結ぶのが大変だった。低学年のうちはなかなかマスターできないので、家を出る前に母に頼ることに。「もう!小学生になったのに、こんな簡単なことができないなんて」と悔しく思ったものだ。練習して徐々に自分で結べるようになっても、右に寄りすぎているだの、ここが間違っているだの、いろいろ指摘される。「早く教室に行って勉強したいのに、なぜこんなめんどくさいことを…はぁ〜〜〜!」と日々考えていた。

入学後、学校の近所のカトリック教会に入ったのだが、1年生のうちから堂役(どうえき)を務めることになった。堂役とは、大げさに言えば「教役者」とか「侍者」というが、早い話、ミサ中に鐘を鳴らしたり、儀式で使うものをタイミングよく神父に渡したりする、アシスタントのこと。その堂役を務めるときも「キャソックとサープリス」という一種の制服を着るように言われた。古代ローマのチュニックに遡る歴史のある服。アメリカの小さい男の子から見れば、とにかく“ドレス”に近すぎた。「本当にこれを?」というのが第一印象。丈が長かったので、ミサ中に転ばないよう気を使っていたものだ。

 

3つ目は、ボーイスカウト用の服。1年生はカブ隊の青いスカウト服だった。運良くやっかいなネクタイはなく、ネッカチーフというスカーフのようなものを金属製の金具(リング)で留める仕様だった。ネクタイと違って結ばなくていい。ラク!

 

その時々でめんどうに感じたこともある制服。けれど、今となっては、それぞれの制服にまつわるエピソードは案外懐かしく思い出せるものだなと感じる。

制服が「仲間意識」を強め、人間性を浮き彫りにする

僕が住んでいた地域には、航海術やボートのエンジンの働きなどを学ぶ「シースカウト」というのがあった。ティーンエイジャーになったときにこれに参加し、また別の制服を着ることになった。これもボーイスカウトの服と同じく青色で形も似ていたが、キャップ以外に水平さんがかぶるような白いセーラー帽もあった。丸くて縁のないもので、いかにもよく飛びそうな形。隊長の目を盗んでは上に投げて…キャッチ。案の定、くるくる回りながらきれいに戻ってくるようにできていた。

 

「形が一つ」が制服の条件。決まってこの服でなくてはならないというのは、不便は不便。たとえば、ズボンの膝に穴があいたら、ほかのズボンではなく、わざわざ制服のズボンを買い直さなくてならない。しかもすぐに!

 

いっぽう、間違いなく長所もある。皆が同じ服を着ていれば、仲間意識が増す。そして服が「均一」だからこそ、それを着る人間の特徴が浮き彫りになるのもいいところ。同じ服を着ているのに、ある人は力持ちで、またある人は走るのが速かったり。またある人は帽子を上に投げ、空気力学を楽しく学んでいたり。

 

「形は一つ」でも、制服を着る人はいろいろなのだ。

文/トニー・ラズロ イラスト/小栗左多里