「女はこうあるべき」という話はこの世の中にあっても、ステレオタイプに考える人はまだいます。いっぽうで、「夫は大黒柱」「頼れる夫でなければならない」など、男性に関しても、まだまだ「こうあるべき」論が主流になっているようです。
“威張る夫”に押し切られて結婚
首都圏に住むアヤコさん(40歳)は、幼なじみのケンタさん(43歳)と結婚して15年、13歳と11歳の子がいます。ケンタさんが親から引き継いだ商店を夫婦で経営してきました。
「夫の実家も私の実家も、店から歩いて行ける距離。私たちは店の2階で生活しています。狭いながらも楽しい我が家って感じですね」
ショートカットの似合うアヤコさんは、人懐こい笑顔を浮かべます。それでも、「お気楽夫婦」と自分で言えるようになったのは、ここ最近のことだそう。
「幼なじみとはいっても、年齢が違うから、ずっと知り合いだったわけじゃないんです。23歳くらいの頃に街でばったり会って。どうしてるの?と聞いたら、彼は家業を継ぐことにしたって。私は地元の会社に就職していました。高校を出ると街から出て行く人も多いので、なんとなく懐かしくなって、彼や私の友だちを集めてボーリングやカラオケに行くようになったんです」
当時のケンタさんは、地元の若者のリーダー的存在でした。自分の店がある商店街の2代目たちからは“兄貴”と慕われていたそうです。
「威張っていましたね。私とつきあうときも、『好きなんだよ。つきあおう』って。有無を言わせない“圧”がありました(笑)。リーダーシップがある人と、ただ威張りたい人とは全然違うけど、彼はその中間くらい。個人的につきあうには、ちょっとしんどいかなとも思っていました」
なかなかOKを出さない彼女に業を煮やしたのか、ケンタさんはある日、アヤコさんの実家にやってきました。
「いきなり親に、“アヤコさんを僕にください”って大声で言って手をついた。親もびっくりしましたけど、私はもっとびっくりです。つきあってもいないのに」
それでも、“ケンタらしい”と笑いが起こりました。親は「好きにすればいいよ」と言い、ケンタさんはしてやったりの笑顔でした。
「その押しの強さに負けて、ほとんど個人的なつきあいはないまま結婚しました。周りの友人が喜んでくれたのが印象的でしたが、結婚してみると本当に亭主関白というか、わがままというか。愛されているのはわかったけど、何もかもひとりで決めがちで、よくケンカになりました」
夫の「ビビリ体質」が発覚。役割も逆転?
アヤコさんは、女性目線で仕入れる商品を揃えたり売り方を考えたりするようになりました。ところが相談しても、夫はいい顔をしません。
「女の考えることなんて、たいしたことはないから」
それが決まり文句でした。義母からも「店は大黒柱に任せて、あなたはケンタの言う通りにすればいい」と言われたこともあります。大きな不満を抱いていたアヤコさんですが、数年前、夫婦の関係を一変させる出来事が起こりました。
「近所で火事があった時のことです。商店街総出でバケツリレーをしたけど延焼があって、あるお店におばあちゃんが残っていると誰かが叫んだんです。私、何も考えずに飛び込んで、おばあちゃんを背負って出てきました」
周囲がワイワイしている中、アヤコさんがふと見ると、見慣れた洋服の人物が小さく丸まっている姿が…。近寄ってみると、夫のケンタさんでした。ダンボールを頭からかぶって道端にうずくまっていたのです。
「何してるの?って聞いたら、『アヤコ-、生きてたか〜』と大声を出してボロボロ泣いていました。夫は私が火の中に飛び込んでいくのを見て、“もうダメだ”と、怖くて立ち上がれなくなったそうです。『いや、ほんとならアンタが行かないとダメでしょ!』と言うと、『怖くて怖くて…』と」
それ以来、夫婦の力関係は変わりました。周りの見る目も変わりました。ケンタさんを「兄貴」と呼ぶ若い人たちはニヤニヤしながら、その言葉を発します。逆にアヤコさんは周囲から「あの店は奥さんでもっている」と言われるようになりました。
「夫は嫌な思いをしているかなと思ったら、案外、そうでもないみたい。『オレ、本当はビビリなんだよね』と自分で言っているんですよ。でも家業を継がなければいけないひとりっ子の長男として、ずっと強がって生きてきたみたい」
ケンタさんはようやく本性を出すことができて、気楽になったようです。
「うちは、女の子と男の子の子どもがいるんですが、夫は最近、『男らしいとか女らしいとか、そういう教育はよくないな』なんて言い出して。長男の赤いTシャツを、いいなあって褒めてます。以前だったら『男は白いTシャツ以外着るな!』というタイプだったのに(笑)」
自分に正直になったら、周りも気が楽になります。男だから女だからではなく、個人の特性を活かし合った関係になれたアヤコさん夫婦、「ふたりとも肩の荷が降りたように言いたいことを言い合えるようになった」そうです。
※この連載はライターの亀山早苗さんがこれまで4000件に及ぶ取材を通じて知った、夫婦や家族などの事情やエピソードを元に執筆しています。