テレワークに移行されて「細かい勤務報告書の提出が義務づけられるようになった」「休み時間でも家事禁止の通達があった」など、会社や上司からの監視が厳しくなったという声を聞きます。こうしたテレワーク下でのマネジメントはどのようにしたらいいのでしょう。
創業当時からフルリモート体制を続け、オンライン上でバックオフィスなどのサービスを提供している(株)knitの代表取締役・秋沢崇夫さんに、テレワークでの快適な働き方やそのための取り組みについて伺いました。
個々の生産性を上げるために大事なのは…
—— テレワークで従業員が快適に仕事できるようにするための、オンラインマネジメントの秘けつは何でしょうか。
秋沢さん:
まず、「社員はきちんと仕事をしている」ことを前提とし、社員を信頼することだと思います。これまでのように、オフィスに出社して働いていると「仕事は9〜17時まで働く」とか「机で働くこと」などの、決まった図式が出来上がっている場合も多かったでしょう。そのため、「就業時間中は、社員がデスクワークしているかをチェックする」ことが、マネジメントだと捉えてしまいがちでした。
ところが、テレワークでは社員が「いつ、どこで、どんなふうに働いているか」を把握できません。そのためテレワークに移行しても、ちゃんと仕事をしているか監視するという話が出てくるのだと思います。
けれど、こうしたやり方は、“好きな時間や場所で働ける”というテレワークのメリットを生かせません。そればかりか、社員同士でコミュニケーションを取りにくい状況下では、モチベーションが下がり、生産性も落ちてしまいかねません。
当社では「監視しなくても皆きちんと仕事をしている」と社員を信頼し、異なる環境にいる社員が、各自に合った働き方を選択できる方法をとっています。
—— 具体的にはどんな方法でしょうか。
秋沢さん:
先ほどもお伝えしたとおり、“好きな時間や場所で働ける”というのがテレワークのメリットです。環境の異なる場所にいる社員が、どうしたら生産性を上げられる働き方ができるかをマネジメントしていきます。つまり、勤務時間で縛るのではなく、どれくらいの成果を上げられるかを重視するということですね。
当社では、メンバー一人ひとりと面談して、成果を上げやすい環境になるように調整しています。たとえば、子育て中の方で「〇時から〇時までは子どもの習い事があり、その時間は空けておきたい」という事情がある場合は、それ以外の時間に働いてもらいます。きちんと仕事が進められるのであれば、働き方は自由です。勤務時間や働く場所はメンバーの好きなようにしてもらうことで、いいパフォーマンスをしてもらえます。
ただ、「成果を重視する」というのは、成果が出なかったらすぐに報酬を下げるという意味ではありません。そうした方法は、プレッシャーを与えてしまい、かえって生産性を落としてしまいます。当社では、本人と話をしながら、目標はどれくらいがいいかをディスカッションしながら進めていきます。
—— 働く時間や場所はすべてメンバーに任せているということですね。マネジメントとして、各自に任せる働き方に不安はないのでしょうか?
秋沢さん:
当社に関していえば、日本人の特性かもしれませんが、皆とても真面目です。「サボらないように見張る」というよりはむしろ、「働きすぎをセーブする」方向でのマネジメントを心がけています。
子育て中だと「子どもがいつ熱を出すかわからないから、業務の前倒しをしておこう」と深夜まで仕事をしようとする方もいるでしょう。でも、それを認めると睡眠不足で身体を壊してしまう可能性もあり、意味がありません。
だから、深夜帯は勤務禁止としていますが、人にはそれぞれの事情があります。どうしても深夜に作業をしたい場合は届け出を出してもらい、翌日は「早めに切り上げてね」と働きすぎないよう調整を促します。
社内コミュニティで“雑談”も“相談”もできるようにする
—— テレワークではちょっとした相談や仕事の課題に対して、周囲に聞きづらい面があります。また、オンライン会議では本題だけ話し合い、プライベートな話ができない意見も耳にします。オフィスで仕事していた時より、気軽な会話ができなくなった弊害に対して、どう向き合えばいいでしょう?
秋沢さん:
おっしゃるとおり、テレワークでは仕事上のやり取りに終始してしまい、お互いを理解するのが難しい側面があります。テレワークだからこそ、重視するべきなのは何でも話せる“信頼関係”を築くことです。上司と部下、同僚同士など「この人はこういう人なんだな」と相互理解する機会を多く作る必要があります。特に新しく入ってくる方へのケアは重要です。
当社では社員が新しく入社した際、入社後2週間ほどで、全社員と一対一で30分ほどの会話をする時間を取ります。キャリアや仕事内容だけでなく、「休日は何をしている」や「趣味や好きなもの」など、プライベートを含めてお互いを理解し合えるようにします。入社間もない社員は社内での関係性がないので不安でしょうし、周囲も新人のパーソナリティーを知っていた方が仕事を進めやすくなる効果があります。
—— プライベートな話をする時間を設けるのは、テレワークでも「リアルで対面しているときと同様に距離を縮める」ことを目的としているのでしょうか。
秋沢さん:
そのとおりです。相手がどんな人なのかを理解するのは、リアルで会ったほうが早いし簡単です。テレワークだと、意識的にこうした機会を作る必要があります。心の距離を縮めていくのが「信頼」関係を築く上では、とても大事な要素になってくるからです。
そのため、雑談やちょっとした仕事の困りごとに対して、会社としては意識して社員間の交流を図るようにしていますね。多くのニーズに応えられる“オンラインコミュニティ”の活動も盛んです。
—— オンラインコミュニティとは何でしょうか。
秋沢さん:
趣味の話や似たような環境の人がオンライン上で集まる社内のコミュニティです。現在、コミュニティが27あり、同じ趣味の人同士や、子育て中の人や国際結婚の人など、似た環境にいる人たちがそれぞれ集まっています。
ママ同士が集まり、子育ての悩み相談ができるコミュニティもあります。趣味の集まりやスキルアップを目的とした会もあり、これらに入るかどうかは個人の自由です。また、コミュニティ内でオンライン飲み会などが開かれる場合もありますが、運営方法はコミュニティのメンバーに任せています。こうした場で話をすることで、相互理解が深まり、それぞれの人となりがわかりやすくなると思います。
—— 趣味などちょっとしたことでも話せる場があると、心にゆとりが持てますね。
秋沢さん:
そうですね。テレワークだと、人との接点もなく、黙々と仕事をするだけになりがちです。でも、こうしたプライベートのことも話せる人間関係があると、気分転換になり、気持ちも楽になります。こうした環境は、サイレントうつなどメンタルの不調の予防にも役立っていると思います。
雑談は同僚などの“異変”に気づけてトラブルを防げる!
—— 具体的に、どんなところがメンタルの不調の防止に役立つのでしょうか。
秋沢さん:
悩んでいることやつらいことを一人で抱えるのではなく、周囲に相談できるところです。国際結婚をした社員が、夫側の国のビザが下りずに家族が離れ離れになったと以前話していました。それをオンラインコミュニティの「国際結婚組」で話したところ、同じ境遇の人がいて意見を出し合ったと聞いています。直接的な解決にはならないかもしれませんが、一人で抱えていた悩みを共感してもらえるだけでも気持ちが楽になります。また、ふだんと様子が違う人がいると、誰かが気づけることも大きな利点です。
—— オンラインでのやりとりだけで、なぜ他人の異変に気づけるのでしょうか?
秋沢さん:
オンラインのコミュニティなどを通して、周囲がその人がふだんはどんな人柄で、どういった対応をしているかを理解しているからです。どんなに小さいことでも、いつもと違う様子があれば気づきやすくなります。
昨春、緊急事態宣言が出たときも当社の働き方自体は変わらないので、業務自体は問題なく回せていました。でも、それまで通勤や通学をしていた家族やお子さんがずっと家にいるなど、働く環境が変化した人も少なくありませんでした。“レスが遅くなった”、“対応が雑になった”など、いつもとは明らかに異なる対応をする人には「大丈夫? 困っていることある?」と尋ねていました。すると、「実はこういう事情で困っています」という話が出てきます。だったら業務量を減らそうとか、変えようとすぐに対応しました。
——こうしたお話を伺うと、オンラインマネジメントでは対面でのオフィスワーク以上に、「人の気持ち」に敏感になり、その人に寄り添った柔軟な対応ができるようになる優しさが感じられます。
秋沢さん:
テレワークというと、“効率”を重視するイメージが先行しています。でも、テクノロジーは進化しても、人間そのものはそれほど変わっていない気がします。だからこそ、オンラインマネジメントとして真っ先に見ていくことは、仕事の成果を重視するのはもちろんですが、「誰かが気にかけてくれる」「なんでも相談できる」といった内面を、きちんと満たしてあげることが大事だと思います。
社員同士が気軽に相談や雑談できたり、お互いの人柄を把握できたりするなどのオフィスワークの良い部分を、テレワークでうまく取り入れることが、オンラインマネジメントでもっとも必要とされていることなのではないでしょうか。
PROFILE 秋沢 崇夫さん
取材・文/齋田多恵