おもちゃ以上に「女の子はこうあるべき」「男の子はこういうもの」というメッセージが伝わってしまいがちなアニメ。とくに女の子向けのコンテンツでは、「女の子はかわいくてか弱くて、男の人に守ってもらうもの」という女の子像が描かれた作品が多く存在します。

 

そんな中、アニメ「プリキュア」シリーズは、時代の空気感を的確に捉えたセリフ、保護者も安心して楽しめる作品として女児を中心に幅広い年代層から絶大なる支持を集めています。従来の「女の子とはこうあるべき」を打ち破ってきたプリキュアの魅力について、初期シリーズからプロデューサー、企画として携わってきた鷲尾天さんに伺いました。

「自分の意思を持つことと対立概念になるくらいなら」と恋愛要素は描かない

── プリキュアシリーズは、従来の女児向けアニメと違って「女の子が自らの力で闘う」作品です。当時としてはとても珍しかったと思うのですが、初期設定について教えてください。

 

第1作『ふたりはプリキュア』のヒロイン。左がキュアホワイト(雪城ほのか)、右がキュアブラック(美墨なぎさ)
第1作『ふたりはプリキュア』のヒロイン。左がキュアホワイト(雪城ほのか)、右がキュアブラック(美墨なぎさ)。女児向け作品には珍しい迫力あるバトルシーンも放映当時は話題に

 

鷲尾さん:

2004年当時、日曜の朝8時半の女児向けアニメ枠を初めて任されてどうしていいか分からず、「自分の好きだったアクションアニメを、女の子がやったらカッコいいかも」と思ったのがきっかけです。それも徒手空拳で、武器を何も持たずに自分の力だけで闘ったら面白いな、と。特に初代の『ふたりはプリキュア』では、必殺技を繰り出す時に足元が後ろに滑るほど力を込める、斜め下からのアングルで技を叫ぶなど、西尾大介シリーズディレクターがカット割りにもこだわっています。

 

企画の立ち上げ時にも、西尾さんと「白馬の王子様を頼るのではなく、自分の足で凛々しく立つ、自分たちで問題に向き合い解決できる主人公にしたいね」と話し合っていた記憶があります。

『ふたりはプリキュア』の企画書
『ふたりはプリキュア』の企画書には「女の子だって暴れたい!」というキャッチフレーズが

 

── 確かに、特に初期のシリーズは武器を使うシーンが少ないですね。あとはシリーズにもよりますが、恋愛要素も女児対象のアニメにしては少ない気がします。ピンチのときに憧れの男性に助けてもらう、なんてシーンも見られないですよね。

 

鷲尾さん:

恋愛は大切な要素ですが、プリキュアになることとは切り離した日常生活として描いています。ともすると女性が男性に頼るように見られる恐れもあるので、「自分の意思を持つことと対立概念になるくらいなら」と恋愛要素を外したシリーズも多いです。

 

例えば『ふたりはプリキュア』で、ヒロインの美墨なぎさは先輩に片思いをしています。でも、なぎさが彼を好きな気持ちと、プリキュアになって闘うこととは明確に分けています。また『yes!プリキュア5』の妖精ココは、人間の姿ではイケメンとして描かれますが、すぐに変身が解けて元に戻るほど弱い存在です(笑)。男性に守ってもらうのではなく、守るべき存在として描いています。

「男の子だってお姫様になれる!」セリフに込められた想い

── 放送の度にセリフがTwitterトレンド入りするなど、プリキュアは求められている空気観をつかむのも絶妙です。時代を少し先取りしたセリフは、どう作られているのでしょうか?

 

鷲尾さん:

セリフは放送されるずっと前、シナリオの段階から決めています。キャラクターのセリフは映像が出る設計画の段階から「このキャラクターなら、どんな口調で何を言うだろう」と手探りで決めていきます。社会問題など幼児には理解が難しいテーマを描くこともありますが、いつか大人になったときに意味が理解できればいいと考えています。

 

『GO!プリンセスプリキュア』の登場キャラクターたち
『GO!プリンセスプリキュア』では、「つよく、やさしく、美しく」とプリキュアの考えるプリンセス像を初めて明示した

 

鷲尾さん:

2015年に放送された『GO!プリンセスプリキュア』では、初めてタイトルモチーフを入れました。13年に『アナ雪(アナと雪の女王)』が話題となりプリンセスがとても流行った時期だったのですが、プリキュアの考えるお姫様像とは何かとスタッフで考え、「つよく、やさしく、美しく」を打ち出し、主題歌の歌詞の言葉を採用したんです。

 

また18年放映の『HUGっと!プリキュア』では、第一話で「ここで逃げたらカッコ悪い、私がなりたい野乃はなじゃない!」と自分のなりたい姿を主人公がしっかり持っているシーンを入れています。

 

『HUGっと!プリキュア』の登場人物たち
『HUGっと!プリキュア』では、主人公のキュアエール(上段中央:野乃はな)が赤ちゃんのはぐたん(中段左)をお世話しながら闘う。ワーキングマザーの取り巻く環境を想定させる設定も大きな話題となった

 

──『HUGっと!プリキュア』中の「男の子だってお姫様になれる!」というセリフは社会現象にもなりましたね。特にこのシリーズは経済誌やまとめサイトなど、ジャンルを問わずさまざまな媒体で大きく話題に上りました。これだけの反響を生む作品づくりをなぜできたのでしょうか?

 

鷲尾さん:

初期は視聴率や関連商品の売れ行きから子どもたちの熱気を感じていましたが、大人の方たちからのダイレクトな反応を感じるようになったのは、2009年頃からです。過去のプリキュアが総出演する映画『プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合』で大人がSNS上でも取り上げるようになり、そこから全世代に広まっていった感があります。

 

私もそうですが、毎回プロデューサーをはじめとする現場の人間が、学術専門書から歴史を学んだり時代に合った表現方法を探ることで、丁寧な作品づくりをしてきたことが評価されているのだと思います。

 

映画『プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合』のイメージカット
映画『プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合』。過去の作品の主人公たちが再登場することも当時はまだ珍しく、過去ファンの動員にもつながった

「子どもって『夢中になって見てくれる』から怖いんだよ」という意識

『ヒーリングっど プリキュア』の登場キャラクターたち
『ヒーリングっど♥プリキュア』のキュアグレース(下から二番目:花寺のどか)は、作中で明確に成長する姿が描かれた

 

── 鷲尾さんはプリキュアシリーズに長く携わられていますが、初期から現在までのプリキュアで変わったことはどんなところでしょうか?

 

鷲尾さん:

「日常生活のテイスト」「キャラクターの喋り方」「アクションの仕方」ですね。日常生活は時代に合わせて変化しますし、キャラクターは昔より大人っぽくなりました。例えば2020年の『ヒーリングっど♥プリキュア』の花寺のどかは優しく誰でも受け入れるような優等生キャラでしたが、クライマックスでは自らの意志で敵の救済を拒絶するなど、終盤では明確に成長した姿を見せています。

 

アクションに関しては、作画の技術や表現方法が進化したこともあり、派手で大きな動きを作りながら相手と向き合う心理を描くようになってきています。また、『キラキラ☆プリキュアアラモード』のようにアクションしないシリーズも生まれました。大まかなテーマに変更はありませんが、社会環境に合わせて多面的な考えもある方向性になっています。

 

──『プリキュア』シリーズは保護者からの支持も熱いです。特に日曜アニメは親も見ることが多いですが、子育て中の親の視聴に対して何か意識していることはありますか?

 

鷲尾さん:

強く印象に残っているのは、「どうやったら子どもたちがアニメを見てくれるか?」とスタッフと話していたときに、西尾さんから「子どもって『夢中になって見てくれる』から怖いんだよ」と言われたことです。子どもは純粋に、見たものを100%受け入れて主人公の姿を真似してしまいます。だから作品中でダイエットする、食べ物を粗末にするなど、親御さんが気にするようなシーンは描かないように気を付けています。この姿勢は現在のスタッフにまで引き継がれていますね。

 

── 言われてみると、過激な発言や過度に暴力的なシーンは極力排除されていますね。子育てする親としても、安心して見せられる作品だとの声もよく聞かれます。

 

鷲尾さん:

最新作の『トロピカル~ジュ!プリキュア』ではコスメをモチーフに据えています。主人公の夏海まなつは母親からもらったリップを大切にしていますが、このリップは自分の気持ちをここぞと上げるために使用するアイテムです。他人の目を意識した「女の子はかくあるべき」というメークではなく、あくまでも自分のためのメークとしての意味付けです。「プリキュアでメークする意味」が深く考えられていると思います。

 

『トロピカル~ジュ!プリキュア』の登場人物たち
現在放送中の『トロピカル~ジュ!プリキュア』。左から2番目が主人公のキュアサマー(夏海まなつ)

 

鷲尾さん:

長年作品づくりをしていると、女性蔑視問題など時事的なタイミングが作品のテーマと重なることもあります。子どもの頃の記憶は大人になっても強く残ると思うので、プリキュアを見て育った子たちが大きくなって社会に出たとき、自分の意思を表現する励みになれば一番うれしいですね。

 

PROFILE 鷲尾 天さん

プリキュアシリーズに携わってきた東映の鷲尾天プロデューサー
東映アニメーション所属。『プリキュア』シリーズ初代プロデューサー。第1作『ふたりはプリキュア』(2004年)~『Yes!プリキュア5GoGo!』(08年)まで務めた後、『Go!プリンセスプリキュア」(15年)からは企画として携わっている。他に『トリコ』『おしりたんてい』『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』などを手掛ける。

 

… それまで「か弱く、守られる」存在だった女性像を「自分の意志で前に進む」存在にまで変化させてきたプリキュア。シリーズが開始した2004年から現在まで多くの子どもたちに変わらず愛されてきたのは、時代にふさわしい「理想の女性像」をアップデートしてきたからと言えそうです。

#おもちゃとジェンダーバナー
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取材・文/秋元沙織