「わたし」を使う男子がいない理由は?

── ところで、「僕」を使う女の子は一定数いますが、「わたし」を使う男の子はほとんど見ないのはなぜでしょう。

 

中村さん:

女の子がズボンを履いても目立ちませんが、男の子がスカートを履くと目立ちますよね。言語もこれと同じ。なぜなら、この社会では「男性性」が基準になっているからです。

 

女の子が「僕」を使ってもちょっと違和感がある程度だし、「そういう子もいるよね」で済みますよね。でも男の子が「わたし」を使うと、その比でないくらいに目立ってしまうはず。男の子のほうが、基準から逸脱したときのインパクトが大きいんです。

 

女の子が男っぽいとされる乱暴な言葉遣いをしても、「オニイ言葉」とは言われませんよね。でもその逆だと、「オネエ言葉」とされる。つまり、例外扱いされるんですね。

 

一方で、日本語は「女らしさ」を言葉遣いで測る傾向が強い文化だと思います。言葉遣いについて厳しく言われるのは、男の子よりも女の子のほうが圧倒的に多い。「女の子なんだから乱暴な言葉遣いはやめなさい」と子どもの頃に親に言われた経験を持つ女性は多いですよね。

言葉は生き物のように変化していく

── 英語圏では近年、性の多様性を踏まえた言葉の変化が起きています。性別を問わない代名詞として“they”が使われる、”Mr”.”Ms”の代わりに“Mx.”が用いられるなど、言葉の常識も日々変化していますね。

 

中村さん:

言葉は社会や政治、時代によって変化していきます。かつてはマスメディアが私たちの言葉遣いに与える影響がすごく大きかった。でもSNSの登場以降はメディアと個人が双方向に影響を与え合うようになりましたよね。

 

メディアがイシューを投げかけて、読者とメディアが「一緒に考えていきませんか?」と問いかける記事が最近は増えてきました。私はそれは素敵な流れだと思います。言葉は性別で区分けして押し付けるものではない。この記事が、言葉とジェンダーについて考えるきっかけになれば嬉しいですね。

 

 

Profile:中村桃子(なかむら・ももこ)さん

関東学院大学経営学部経営学科教授。専門領域はことばとジェンダー。『翻訳がつくる日本語 ヒロインは女ことばを話し続ける』(白澤社)、『女ことばと日本語』 (岩波新書)、『「女ことば」はつくられる』(ひつじ書房、第27回山川菊栄賞受賞)など著書多数。最新の著書『「自分らしさ」と日本語』(ちくまプリマー新書)は2021年5月刊行予定。

取材・文/阿部 花恵