自分のことを「○○くんは~」と呼んでいた男の子が、突然「俺は~」と言い出すようになってびっくり。

 

そんな経験を持つ男児の親は多いでしょう。

 

男の子の一人称は多くの場合、「○○くん」といった名前呼びから次第に「僕」や「俺」に変わり、社会人になるとフォーマルな場では「私」を使うように…という変遷が一般的です。

 

男の子と一人称の関係性について、「女子が「ぼく」で何が悪い?言語学者に聞いてみた」に続き「ことばとジェンダー」を専門とする関東学院大学教授・中村桃子さんにお話を伺いました。

 

「俺」の低年齢化が進んでいる 

── 男の子の場合、幼少期は名前呼びだったのが、小学校入学前後で「僕」や「俺」という一人称に変わっていく印象があります。

 

中村さん:

少年っぽさ、子どもっぽさがある「僕」とは違って、「俺」は強い男性性のニュアンスを帯びていますよね。子どもたちはその社会通念を敏感に感じ取っています。

 

私は言語学が専門ですが、近年、男の子が「俺」を使い始める時期が早まっているように感じています。

 

ひと昔前は、男の子が「俺」を使うようになるのは小学校高学年くらいでしたが、最近では「俺のおゆうぎ会でさ~」と園児が話すこともさほど珍しくありません。

 

トランスジェンダーやゲイの男性の中には、「僕」から「俺」へと一人称が変わることに抵抗があった、という人もいます。周囲の男友達は次々に「俺」を使い始めるが、自分としては使いたくない。でも使わないと自分だけ取り残されるような気になる…。そういうつらさ、居心地の悪さを感じている性的マイノリティーの子どもは今も少なくないはず。

 

── 家では「僕」だけど、友だちの前では「俺」と使い分ける男の子も多い気がします。

 

中村さん:

そうですね。自分より強い男子の前では「僕」を使うけれども、弱い男子の前では「俺」を使う。そんな風にコミュニティの立ち位置に応じて、一人称を使い分けている男の子もいるでしょう。

 

一人称に何を選ぶのかは、子どもにとってすごく大事なこと。自分をどう見せたいか、どう見られたいかというアイデンティティの表現ですから。小学生以降になるとそれが一人称に如実に現れます。

 

宇多田ヒカルさんの息子が「わたし」を使うのは自然

── 少し前にロンドン在住の宇多田ヒカルさんが、5歳の息子の一人称が「わたし」だという内容をツイートして「いいね」が15万件ついたニュースがありました。これは日本語のインプットがほぼ母親から、という環境だからこそでしょうか。

 

中村さん:

言語はインプットです。宇多田さんの息子さんのように、周囲に日本語を使う人が今は母親しかいない環境であれば、母親と同じ一人称を使うようになるのは自然な流れでしょう。今は「わたし」を使っている息子さんも、これから日本語のコンテンツに触れる機会が増えていけば、一人称も変わっていくかもしれません。

 

近い事例として、カリフォルニアに住む日系三世の若者が、今の広島では誰も使わない古い広島弁を話せるという事例を聞いたことがあります。なぜかというと、その若者の祖父母が広島出身だったから。周囲がみんな英語を話す環境の中で、その若者の日本語のインプット源が祖父母に限られていたからなんですね。

 

言葉遣いや一人称は、インプット源がどこかに由来するもの。ですから、宇多田ヒカルさんの息子さんのケースも自然な流れだと思います。