直井亜紀さん

“自分を大切にしてほしい”“幸せな未来を生きてほしい”──。そんな思いを込めて、生徒たちに語りかけているという助産師・直井亜紀さん。感受性豊かな思春期の子どもたちが、「いのちの授業」を受けて、どのような反応をするのでしょうか。

 

前回記事「

“性教育は気まずい”なんてナンセンス?『いのちの授業』にかける1人の助産師の思い

」に続き、第2回目は、直井さんが特に印象に残っているという生徒たちのエピソードについて紹介。さらに、家庭での性教育の伝え方、親が向き合う姿勢について、アドバイスをいただきました。

わざわざ手を挙げて母に詫び、号泣する男子生徒も

── 「いのちの授業」を受けた生徒たちの反応で、特に印象に残っているエピソードはありますか?

 

直井さん:

たくさんあるのですが、最近だと、ある男子生徒の言葉が心に残っています。授業が終わる頃に、「先生、ちょっといいですか?」と椅子から立ち上がり、「実は今朝、母さんと喧嘩しちゃったんだけど、“死ね”って言っちゃって、俺…」と、突然言葉に詰まって泣き始めちゃったんですね。それにつられて、クラス中が泣き出しちゃって…。「母さん、ごめん」と、わざわざ手を上げて発言するんですから、すごく純粋ですよね。

 

── 授業で心が揺り動かされ、お母さんに対する感謝と愛情が溢れ出したのでしょうね。

 

直井さん:

だいたいこういうケースは男子に多いんです(笑)。女子は、立って発言するというより、その後の感想文で思いを伝えてくれることが多いですね。もうひとつ、面白い傾向があるんですよ。

 

中学生の「いのちの授業」では、卵子の寿命の話をします。“女の子の卵子の数には限りがあるから、大切に守ってほしい。体を冷やさないようにして、健康的な生活を心がけてね”と伝えるのですが、授業のあと男子がやけに女子に優しくなるらしいんです。寒い冬場に女子がバケツを運んでいると「冷やしたら大変だから俺がやるよ」とか言って(笑)。

 

── わかりやすいリアクションが可愛いですね(笑)。“勉強”としての授業だと、きっとこうした反応にはならない気がします。それぞれが命の大切さを自分ごととして捉えることができているのでしょうね。感想文ではどんな声があがっているのですか?

 

直井さん:

「自分がどれだけ大切に育てられてきたのかを改めて実感できた、親に感謝したい」とか「唯一無二の自分を大切にしたいと思うと同時に、他人にも優劣をつけるのは良くないと思った」「命の大切さを知って自分のことを好きになれた」といった声が寄せられています。すでに10年続けているので、かつて私の授業を受けた生徒が、ママになってこの助産院を訪れることもあるんですよ。

生きることに前向きになれる人が増えるのが、一番嬉しい

── それは嬉しいですね!感慨深いものがあるだろうなと想像します。

 

直井さん:

もちろんそうです。でも、さらに予想外の嬉しい出来事につながることもあるんですよ。

 

数か月前の話ですが、“自分なんていない方がいい、死にたい”と心が荒んで学校にも来なくなってしまった生徒がいました。お母さんも仕事が忙しく、構ってあげられなかった。「この子にいのちの授業を聞かせたい」と考えた先生方が、授業の日だけでいいから登校するように誘ってくれました。さらに保護者向けの講演も同時に開催してくれて、こちらへお母さんも誘ってくださったんです。

 

すると意外なことが起こりました。授業を受けた夜に、子どもから「赤ちゃんのときの写真を見たい」と言い出したのだそうです。そして、写真を見てから、「お母さん、私、頑張れる気がする」と言い出したんですって。びっくりしたお母さんが「大丈夫だよ!お母さんがそばについているからね!」と応じ、親子で号泣したのだと聞きました。本当に嬉しいと心底思いました。

直井亜紀さん

── 自分の存在を認めることができたのですね。

 

直井さん:

実は、いのちの授業の内容は、私自身が子どもの頃に“大人たちに言って欲しかったこと”なんです。子ども時代の私は、すごく自己肯定感が低くて、人と自分を比較して卑下してばかり。コンプレックスの塊でした。当時の私が言われたかった言葉を伝え続けたいと思っているんです。

子どもに「生理」をネガティブに伝えてはダメ

── 30代・40代のママには、“そろそろ子どもが初潮を迎えるけれど、どう関わればいいかわからない”というケースも少なくありません。直井さんもお二人の娘さんがいらっしゃるそうですが、どんなふうに伝えてきましたか?

 

直井さん:

一番大事なのは、子どもに生理のネガティブなイメージを刷り込まないことです。母親が「また来た、めんどうだな」「おなかが痛いし、だるいんだよね」などと普段から言っていると、子どもは生理=嫌なものと捉えてしまいます。私は子どもに、「生理というのは、毎月体からお手紙が来ることだよ」と伝えていました。においや色だけではなく、どろどろしているかなど月経血の変化に気づくことで、健康状態と向き合う機会になりますよね。

 

── “体からのお便り”というのは、素敵な表現ですね。生理に少しだけ愛着が持てそうです(笑)。

 

直井さん:

「体から手紙が届くなんて女の子の特権だよ、すごいよね」とポジティブな刷り込みができたらいいですよね。

小さな子の性的興味にはどう対応する?

── 思春期の子どももそうですが、未就学児の性への興味に大人が困ってしまうこともありますよね。ふざけてお尻を触ったり、スカートめくりをしたり。そんなときはどんなふうに注意するのがいいでしょうか?

 

直井さん:

簡単です。「相手が嫌がることはやってはいけない」と教える。“相手がNOと言っていることはやらない”ことを家庭のなかで繰り返し何度でも伝え続けていくことが大事で、それは言葉だけでなく態度が重要なんですね。

 

例えば、幼稚園生の男の子が女の子のお尻を触ったとします。そんな時にお母さんが、「うちの子、別に悪気があったわけじゃないのよ、○○ちゃんのことが好きでちょっとふざけてお尻触っちゃっただけよ〜」なんて子どもを庇ったら、子どもはきっと“この程度なら大丈夫。ママが認めてくれた”と思ってしまいます。

 

その延長線上で、小学校に入ってスカートめくりをしても、”このくらい別にいいよね“と、線引きが曖昧になっていくのはよくないですよね。

 

そして、男の子にも女の子にも「されて嫌なことは嫌だと言ってもいい」「相手がやめてと言ったらやめる」ことを教える。これは、自分を大切にできる子にするための性教育の基本だと思っています。嫌なものは嫌だとはっきり意思表示することを伝える。小さなときから家庭のなかで教えていくことが大切です。

直井亜紀さん

── どんなふうに教えていけばいいのでしょうか。

 

直井さん:

子どもをこちょこちょとくすぐってふざけていたとします。もし子どもが「やめてー」と言ったらやめる。「やめてと言われたらすぐやめる」ことを大人が態度で示していくことも大事だと思います。

 

”相手が嫌だと言ってきたらやめる“、そして”嫌だと言ってもいい“という感覚を当たり前のものとして育っていけば、大人になってもそういうことをしない人になるのではないでしょうか。そして、もしも嫌だと言っているのにやめない人がいたら、その相手がおかしいんだとわかり、きちんと声を上げられる。“OKもNOも、自分のことは自分で決めていい”ということを伝えていきましょう。

 

── ふざけたり、茶化していると“同意する”の認識が曖昧になってしまう。日常生活や遊びの中でそれを教えていくことが大切なのですね。

 

直井さん:

これぐらい別にいいじゃん”という感覚って、実は大人も曖昧なんです。セクハラや性暴力もすべて、“これくらいならいいと思った”“嫌がっていないと思った”と自分基準で判断してしまう。性教育=避妊やセックスだけでなく、こうした根本的なことをもう一度丁寧に教えていきたいなと感じています。

… 

「いのちは尊いもの」「人が嫌がることをしない」…当たり前のことをこれからも丁寧に子どもたちに語り続けたいと語る直井さん。子どものみならず大人にも、ますます多くの“気づき”をもたらすことでしょう。次回はそんな直井さんが今のキャリアを築くまでの長い道のりについて伺います。

Profile 直井亜紀さん

直井亜紀さん
一般社団法人べビケア推進協会代表理事。さら助産院院長。聖母女子短期大学助産学専攻科(現上智大学総合人間科学部)卒業。大学病院や総合病院に勤務した後、夫の転勤で各地を転々とした経験をもつ。2009年5月、さら助産院を開業。地域の新生児訪問などを含め、約5万人の育児相談に関わっている。平成29年には母子保健奨励賞、令和元年には内閣府特命担当大臣表彰を受賞。主な活動は、母乳育児相談、ベビマクラス、講演活動など。著書に「お母さんのための性教育入門」(実務教育出版)。 取材・文/西尾英子 撮影/河内 彩