別居して見えてきた、相手のいいところ

──本のなかで登美さんが、別居後の暮らしを「夫に当てにされない喜び」と表現されていたのが印象的でした。別居してよかったと感じるのはどんなときですか?

 

登美さん:

以前は、大吉さんは自分でできることも、何かと私を当てにしていました。「これをやっておいてくれ」とか「あれを買っておいて」とか。仕事上でも顔を合わせるので、何でも私に頼むのが習慣になっていたんです。別居後は大吉さんが家のことも自分でできるようになったので、すごい成長だと思います。

 

それと、別居したことで相手のいい面が強調されるようになりました。一緒に暮らしているとやっぱり現実的な問題があって、欠点や嫌な部分も見えて、ときには喧嘩になってしまう。離れているからこそ、たまにしてもらうことをうれしく感じたり、感謝できたりするというのはお互いにあるでしょうね。

 

誤解のないように伝えると、私は掃除や洗濯や料理といった家事全般は好きなほう。別居したのは、それから解放されたいというより、違う自分に出会いたいというか、残りの人生でいままでとは違うことをやりたいという思いがあったからなんです。

 

 

大吉さん:

別居してよかったのは、彼女のいまの暮らしを想像するようになったこと。毎日、目の前で生活していたら、想像なんてしないでしょう?登美さんはひとりの時間に本を読んだり、映画を観たり、よく勉強しているんですよ。それを知っているから、邪魔をしちゃいけないと思って彼女の家には下手に行きません。気にしないのではなく、想像することで思いやりの心が生まれるんです。

 

松場登美という人間と50年近く付き合って、いいところと悪いところを言い合えばキリがない。性格は変えられないけど、別居したことで共に自立や成長があったように思います。いまはこの距離感がちょうどいい。だけど、いつかはまた不思議と隣に寄り添い、介護をしながら一緒に暮らす。もう少ししたらそんな時期が来るんでしょう。

 

──登美さんの本に影響を受けて、「なかよし別居」をはじめた友人もいらっしゃるとか。「なかよし別居」をしてみたいと考えても、なかなか実現させる一歩を踏み出す勇気が出ないという人も多いと思います。

 

登美さん:

私はね、同居か別居かは関係なく、必要なのは意識の切り替えだと思います。お客さまに、ご主人が退職したときに財産も何もかもを半分にしたというご夫婦がいるんです。冷蔵庫の棚まできっちり半分に分けて、お互い自分のものは自分で管理して自由に使う。たまにご主人が手料理を奥さまの棚に置いてくれるそうで、それに「愛情を感じる」とおっしゃっていて。当たり前だったものを2つに分けることで、見えてくるものがあるのかもしれません。

 

たまに「お金に余裕があるから別居できるのでは?」と言われることもあるのですが、そんなことはないんです。私くらいの年齢になると、さほど物欲があるわけではないし、自分に必要な最低限のものがわかるんですよね。古いものを再利用するのも好きですしね。

 

大吉さんが代表を務める、石見銀山の群言堂本店。

 

大吉さん:

男性の多くは、奥さんから突然別居を切り出されたら、ショックでパタッと倒れちゃうかもしれないね(笑)。本当は男性の方から勇気をもって切り出せるといいんだけど。まずは家の中で、生活を分けるというスタートでもいいと思います。

 

自分の部屋ができたら、壁紙や家具、照明までゼロから自分のセンスで作り直してみる。自分で選んだり配置したりすることで、責任をもって掃除や片づけをすることを学べますから。さらに料理に挑戦すれば、朝昼晩の自分の暮らしが見えてくる。材料の手配から調理、片づけまで慣れてきたら、人に料理をふるまって、「誰かのために何かをする」という習慣をつけてほしい。自信がつくから、生きる喜びになると思うんです。

 

それが難しければ、月〜木は奥さんが料理して、金土日は旦那さんが担当するところから始めてもいいですね。そのとき、奥さんは決して「まずい」って言わないように(笑)。

 

──確かに同居をしながらでも実践できることはたくさんありそうです。おふたりが考える「いい夫婦でいる秘訣」って何でしょう?

 

登美さん:

以前、テレビ番組に出演した際に言っていただいた言葉なのですが、「信頼と自立」です。信頼関係が崩れてしまったら、一緒にいても苦しいし、離れてしまってたら余計にうまくいかない。自立心が女性の中にもきちんと育たないと、別れて暮らすというのは難しいと思います。

 

大吉さん:

その言葉以上の言葉はないかもしれない。よく「男は上から目線だ」なんて言われちゃうけど、夫婦間では「横から目線」ぐらいの優しい目線をもつことも大切。若い世代の男性は、もうそれができているかもしれないけど。コロナ禍で家にいる時間も増えたでしょう。夫婦の関係をふたりで見直す、いい機会かもしれませんよね。

 

 

取材はリモートで行いましたが、ふたりの楽しい掛け合いで、画面越しでもとても仲のよい雰囲気が伝わってきました。お互いが「離婚は一度も考えたことがない」という松場さん夫婦。つかず離れず、いい距離を保つことで生まれる良好な夫婦関係には、学ぶことがたくさんありました。

 

 

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Profile 松場登美さん・大吉さん

登美さん/1949年三重県生まれ。大吉さん/1953年島根県生まれ。大学在学中に出会い、結婚。1994年にアパレルブランド「群言堂」を立ち上げる。現在は「石見銀山群言堂グループ」としてアパレル、飲食、観光などの事業を統合し、大吉さんが代表に就任。登美さんは、武家屋敷を改修した宿泊施設「暮らす宿 他郷阿部家」を運営。「石見銀山生活文化研究所」代表取締役。『なかよし別居のすすめ 定年後をいきいきと過ごす新しい夫婦の過ごし方』(小学館)など著書多数。

 

取材・文/大野麻里