「いい夫婦ってなんだろう」をテーマに、さまざまな角度から夫婦のあり方を切り取る今回のオピニオン特集。
話を伺ったのは島根県の石見銀山に暮らす松場大吉さん・登美さん夫妻。ふたりは2002年から同じ町内で別居をして、まもなく20年。今年9月に登美さんは『なかよし別居のすすめ』という著書を上梓し、新しい夫婦のかたちの提案として話題となりました。
「どちらか介護が必要になったら、また一緒に暮らそう」と約束して始めた別居生活
──「別居」と聞くと不仲のようなイメージを抱きがちですが、おふたりはいい夫婦関係を築くために、あえてポジティブな別居を続けられているんですね。別居をはじめた当時のことを教えてください。
登美さん:
私たちは世界遺産のある石見銀山という地で、ライフスタイルを提案する事業をしています。縁あって築230年の古民家を再生して私が宿を営むことになったのですが、「暮らす宿」をテーマにしていたので、実際にここで生活してお客さまを迎えたらどうか?と夫に提案されたのがきっかけです。
私は「いまこそ人生のやりたいことをできる時期がきた!」と。夫に申し訳ない気持ちがなかったわけではないですが、家を出られることがすごくうれしくて。当時、私は53歳。3人の子どもたちは結婚していて、親の介護や近所のお付き合いもひと段落した頃でした。大吉さんと「どちらかが倒れたら必ずまた、一緒に暮らそう」という約束だけして、別居を決めました。
大吉さん:
登美さんの本の表紙の帯には「夫を気にせず、自分らしく生きる」と書かれているから、私が家に残された捨て猫のようだと思う人もいるでしょう(笑)。決してそんなことはなく、私も内心はうれしくてたまらなかった。新しい世界がはじまるような、いいチャンスだと思ってね。
──以来、20年以上別居を続けているのですね。同居していたときの大吉さんは家事はすべて登美さんにおまかせで、お子さんいわく“昭和の男”だったとか。いまはそれぞれどんなふうに暮らしていますか?
登美さん:
食事は3食すべて別々、生活費もそれぞれ持ちです。掃除も洗濯も自分でしていますよ。私は運転ができないので、買い物だけは一緒に。最近、大吉さんは料理をすることに喜びを覚えたそうで、スーパーであれこれ選ぶ姿が嬉しそうです(笑)。
一緒に住んでいたときは、私の買い物が終わるのを車で待っていて、「早くしろ」とか「遅いぞ」と言っていたのですから、人は変わるものですね。
大吉さん:
確かにキッチンに立つ自分というのは、昔は想像できなかった姿ですね。今日は従業員さんのために朝から豚汁とサラダを作って、はじめて挑戦したまぜご飯も成功した。多少うまくなくても、誰かに喜んでもらえると、次はあれを作ってみようとチャレンジする気持ちもわくんです。
一緒に住んでいたときは世間ヅラよく働いて、「こっちは私」「そっちはお前」と、夫婦の役割分担を勝手に決めていたのかもしれない。自分的には優しいオヤジでいたつもりなんだけど(笑)。別居したことによって、私の中のスイッチが切り替わった。それは実感しています。
登美さん:
私たちの世代の男性の多くは、家のことなんて何も気づいていないんですよ(笑)。この地に引っ越してきた当時、私はつらいことや我慢もあったけど、夫は私のことを「楽しそうにやっていて悩みはなさそう」と思っていたって言うんですから。
大吉さん:
まったく苦しいことがないとは思わないけど、総合的には楽しんでやってるんだろうな、ぐらいの気持ちで見ていたんです。でも、男性だって耐え忍んでいるんだけどなぁ。そのへんが夫婦なんだろうね。結局、お互い“他人さん”だから、全部が噛み合うなんてことは難しい話だからさ。