「子どもの発達障害」について、お伝えしているオピニオン特集。最後は『ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜』の作者であり、中学1年生になった自閉症(自閉スペクトラム症)の娘さんを育てる漫画家のみなと鈴さんにお話を伺います。

 

『ムーちゃんと手をつないで』は、初めて授かった娘が自閉症と診断され、葛藤しながらも前へ進んでいく家族の姿を描いた物語です。

 

「自閉症の子育てのリアル」を理解する足がかりにもなる同作は、みなと鈴さんの実体験がベースになっているとのこと。

 

ムーちゃんのモデルとなった中学1年生の長女と、定型発達(発達障害ではない)の小学1年生の次女の姉妹を育てる作者のみなと鈴さんに、お話を聞きました。

目次

自閉症育児の実体験をマンガに

── 『ムーちゃんと手をつないで』はご自身の実体験がベースになっているそうですが、モデルとなった長女「ムーちゃん」とご家族について教えてください。

 

みなとさん:長女のことをここでは仮で「ムー」と呼ばせてください。ムーが自閉症と診断されたのは、24ヶ月のときでした。最近では診断名も変わって、自閉スペクトラム症とかASDと呼ぶそうですが、10年前は「自閉症」と呼ばれていました。

 

現在、ムーは中学1年生になりました。好きなことは、iPadで手遊び動画や幼児番組を見ること。家にいるときは、紙をちぎったり、自分のアルバムを見たりして、のんびり過ごしています。学校では歌やダンスに積極的に参加しているそうです。先日の知能検査では知能レベルは210ヶ月ほどと聞きましたが、納得しています。

 

食事はおおむね自分でできますが、排泄や入浴に関しては声掛けや着替えの手伝い等、介助が必要です。夜間や長時間の移動時には、まだ紙パンツを使用しています。

 

会話はイエスかノーで答えられるような簡単なやり取りはできますが、明日の予定を理解させるなど、それ以上のことはできません。

 


── 6歳下の次女さんは定型発達児(発達障害ではない子ども)だそうですが、姉であるムーちゃんとどんなふうに接しているのでしょうか。

 

みなとさん:仲良く遊んでいることもあれば、顔や腕をつねられて「ムーちゃんなんか嫌い!」と怒ることもあります。ムーに他人をつねったり叩いたりしてしまう他害行為(他人や器物を傷つける行為のこと。発達障害などを持つ子どもに多いとされる)がまだあるため、その対象が妹になってしまうことも多々あります。私や夫も気をつけているのですが、姉妹が一緒にいる時間が長くなるとどうしても防ぎ切れず

 

ただ、私がムーを叱っていると姉をかばったりもするので、他人や親子とは違う、姉妹だけの複雑な情があるのかな、とも感じます。

「死にたい」と追い詰められた乳幼児期

── 『ムーちゃんと手をつないで』は、発達障害を取り巻く現実をマンガで伝えたい、という思いから始めた連載だそうですが、「他の子とちょっと違うかも?」と感じたきっかけは何でしたか。

 

みなとさん:赤ちゃんのときから違和感はありました。体の発育は平均的でしたが、夜になってもまったく寝ないんですね。そうなると必然的に私も睡眠時間が削られてしまって。

 

一時期は「死にたい」と思うほど精神的に追い詰められましたが、小児療育病院の先生がムーにメラトニンを服用することを勧めてくれて眠るようになり、なんとか持ち直すことができました。

 

今は手のひらのスマホから、同じ悩みを持つママたちとTwitterなどで繋がれるようになりましたよね。そのおかげで、孤独を癒やしたり、情報を得たりもできるようになりました。そういう面ではいい時代になったと思いますが、乳幼児期のつらさを支える社会的な仕組みが現状はまだないことは課題ではないでしょうか。

 

── 作品ではムーちゃんが1歳半健診で、「そういうタイプの子」という曖昧な指摘を医師から受けたことが描かれていますね。

 

みなとさん:あの流れもほぼ実体験です。最初は「そういうタイプ」の意味がわからないまま駐輪場へ戻って、「もしかして知的障害とか、そういう意味なのだろうか」とハッとして。しばらく呆然としてから、放心状態で帰宅したことを覚えています。

 

そこから、1歳半から週に1回、都内の療育施設に通うようになりました。本来は母子分離の園でしたが、ムーが私から離れられなかったため1年ほど親子通園を続けました。

 

── その後、24ヶ月で自閉症との確定診断を受けたそうですね。


みなとさん:診断が下りたときは寂しい、でもホッとした。そんな感じでした。診断が下りないと療育施設に入園ができなかったし、お互いの両親など周囲の人にも説明がしづらい。そういう意味ではホッとしました。

 

一方で、わが子が障害者という事実を突きつけられたことで、普通の子育ては諦めざるを得ないという寂しさがありました。さらにこれから始まる途方もない未知なる道のりを思って心細くなるようななんとも複雑な心境でした。

 

ですが、確定診断が下りたことで正式に入園して、支援のプロと繋がり、さまざまなアドバイスを受けられたことはとても大きかったです。そこで知り合った同じく発達障害児の子育てをするお母さん方との会話で励まされることもたくさんありましたね。

 

その後、引っ越しをして29ヶ月のときには転居先の母子通園療育施設に入園。4歳からは一時支援事業と療育支援事業という福祉サービスを利用して、月に13回ほど近くの福祉事業所にもお世話になっています。その事業所ではムーが当時の最年少利用者だったそうです。

介助はローテーション、家族にも息抜きを

── 今、ムーちゃんはどのような支援を受けていますか?

 

みなとさん:小学校2年生からは放課後等デイサービスの利用を始めて、現在は2ヵ所の放課後等デイサービスの事業所と、4歳からずっとお世話になっている福祉事業所で日中一時支援事業や一泊の短期入所を利用しています。

 

障害者の家族に介助をお休みできる日があるということは、介助を続けていく上でとても大事なことだと思っています。漫画家に復帰する前、夫の単身赴任で2年間、ムーのワンオペ育児を続けたのですが、そのときもやはり精神的に相当追い詰められてしまって。夫が赴任先からちょこちょこ帰宅するようになったことでなんとか乗り越えられましたが。

 

── 発達障害の子育てでは、お母さんがフロントマンとして一手に介助している家庭が少なくありません。母親一人の肩にすべての負担がかかっている状態は危ういように感じますが、自閉症のムーちゃんの子育てを10年以上続けてきたみなとさんはどう考えますか。

 

みなとさん:障害を持つ子の育児では、家族間の支えあい、それから介助者である親が一人の時間を持つことが本当に大切だと思っています。私の場合、一人の時間を持つことでリフレッシュできるので、子どもたちを学校や福祉事業所に送り出してホッとした後、好きな動画を見ながら朝ごはんを食べる、という時間で息抜きしています。

 

また、普段はムーをお風呂に入れる都合上、時間的に私はシャワーしかできないのですが、短期入所でムーがいない夜には湯船に浸かるささやかな贅沢時間を楽しんでいます。サポートしてくれる周囲の人々には感謝しかありません。


── 最後に、発達障害の子どもを育てているママやパパにメッセージを一言お願いします。

 

みなとさん:発達障害児を育てていく中で味わった孤独、残念だったこと、寂しさ、腹立たしさ、そしてもちろん感動や喜びも…そういったさまざまな気持ちを、『ムーちゃんと手をつないで』という作品を通じて読者の方と共有したり、共感できたりしたらいいな、と思っています。

 

わが子が障害児であっても、今ある幸せを見つめて11日をマイペースに生きている仲間はたくさんいます。孤独を感じたときは、見えない仲間が世界中にいることを思い出して、お互いまた笑顔を取り戻しましょう。 … 発達行動小児科学の専門家から、発達障害児の子育てに奮闘中の親まで。今回の「子どもの発達障害」特集では、さまざまな立場で発達障害と向き合う人にお話を伺ってきました。特性に偏りがあっても、周囲が適切にサポートすれば、子どもは必ずその子なりのペースで成長していけるはずです。私たち大人の一人ひとりがサポーターであることを意識すれば、社会は少しずつでもよい方向へ変わるかもしれません。

 

PROFILE みなと鈴さん

埼玉県在住。漫画家。1995年、ソニー・マガジンズ『きみとぼく』でデビュー。2006年コミックス「おねいちゃんといっしょ」(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。自閉症の長女、定型発達の次女の2児を育てながら、秋田書店「月刊エレガンスイブ」にて『ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜』を連載中。

 

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文/阿部 花恵 イラスト/小幡彩貴