近年、「発達障害」という言葉は広く知られるようになりました。しかし、具体的にはどのようなもので、どんな困りごとがあるのか、というところまでは、多くの人の理解がまだ追いついていないのが現状です。

 

発達障害とは一体なんでしょうか?それはわが子が当事者にならない限り、「関係ない」問題なのでしょうか?

 

保育園や学校、近所、習い事など、子どもは成長の過程でさまざまな場に飛び込み、多様な人と、コミュニケーションを積み重ねながら大人になっていきます。

 

今この時代、この社会を生きる私たちは、誰もがどこかで繋がっているはずです。

 

ならば、子育て中の親として、そして社会を支える大人として、特性のある子どもをサポートする方法について、考えていきませんか?

 

1回は、発達障害とはそもそも何なのか、そして子どもの発達障害をめぐる現状について、実践女子大学の塩川宏郷教授にお話を伺いました。

 

PROFILE 塩川宏郷さん

実践女子大学 生活科学部教授。1962年、福島県生まれ。87年、自治医科大学卒。福島県内のへきち医療に従事後、自治医科大学附属病院小児科、とちぎ子ども医療センター心の診療科、東ティモール大使館、東京少年鑑別所、筑波大学を経て2018年から現職。専門領域は発達行動小児科学、小児精神医学。『もしかして発達障害? 子どものサインに気づく本』の監修を務める。

障害とは、今この社会にうまく適応できないこと

——そもそも「発達障害」とはどんなものなのでしょうか。

 

塩川さん:

発達障害とは何か、という問いについては、その前の段階に「発達」って何かという問題があるため、一言で説明することはとても難しいです。

 

ものすごくはしょった言い方をすると、発達というのは「できなかったことができるようになる」ことであり、発達障害はその発達の経過が特徴的であること、それを発達特性の偏りと呼ぶことにしますが、その発達特性の偏りによって、地域社会にうまく適応できない状態、何らかの支援が必要な状態であるということになるでしょう。

 

——発達障害=生まれ持った特性に「偏り」があるため、環境にうまく適応できない状態、ということですね。

 

塩川さん:

そうです。発達障害がなぜ起こるのかという原因についてはまだ解明されていません。ただし、大もとには脳細胞レベルの機能になんらかの不具合があると考えられています。

 

——脳の機能に不具合が起きる?

 

塩川さん:

ここからは遺伝子レベルの話になりますが、遺伝子の変異だけで説明がつかないことが多いため、現在は遺伝子による脳細胞の機能の不具合に加えて、何らかの環境要因も作用すると考えられています。

 

ただし、脳細胞レベルの不具合によって生じるさまざまな症状・徴候(発達特性の偏り)そのものは障害ではありません。それによって社会にうまく適応できていない状態こそが、この社会においては「発達障害」と捉えられているのです。

 

つまり、発達障害は病気(疾患)ではなく、「状態像」を指している用語とお考えください。

 

病気と違って「治す」ものではない

——そもそもの原因は、脳細胞レベルの機能の不具合に由来する。つまり先天的、ということでしょうか。

 

塩川さん:

はい。脳機能の不具合は神経細胞の不具合から発生し、細胞の不具合は遺伝子レベルで決定されています。つまり「もとをたどれば遺伝子の変異から生じる脳細胞の不具合、それによる脳機能の不具合、それによって生じるその人が生まれつき持っている特性(=発達特性の偏り)」が発達障害を特徴づけているということができます。

 

発達障害に関連する遺伝子変異は数千種類あることが知られていますが、遺伝子はご両親から半分ずつ引き継いだ細胞の設計図ですので、この部分の修正をすることは現実的ではありません(ゲノム編集を使えば不可能ではない、かもしれませんが)。

 

発達障害の症状・行動面の特徴は、感染症や悪性腫瘍のような治療法がある病気・疾患ではありません。ですから、これらの症状や行動面の問題について「治療する」あるいは「直す」という考え方はまったく無意味です。

 

発達障害について考える際には、「障害とは何か」について整理するとわかりやすいかもしれませんね。障害とは、個人に由来するものではなく、個人の特性と環境(社会)との関係性の間で定義されるものです。

 

たとえば、言葉の遅れがあったり、行動に落ち着きがなかったりしても、上手に社会適応できている場合は「障害」にはならないのです。脳細胞レベルの不具合によって生じるさまざまな症状・徴候(発達特性の偏り)そのものは障害ではありませんが、それによって社会にうまく適応できていない状態、あるいは何らかの「支援」が必要な状態、それがこの社会においては「発達障害」と捉えられているのです。

 

重要な点なのでもう一度繰り返しますが、発達障害は病気(疾患)ではなく、「状態像」です。

 

——特性単体ではなく、社会との関係性から「障害」として捉えられているのですね。

 

塩川さん:

そうです。何が障害で、何が障害でないのか。それを決めるのは、多くの場合は環境(=社会)側です。ですから、ある時代においては障害ではなかった特性が、今この時代では障害と捉えられている場合もある。そんな風に理解してもらえたらと思います。