母親になると、子どもと一緒に自然の中で遊ぶ機会が増えますよね。命あるものの神秘に感動して涙もろくなったり…
命って、科学なんだけど、ファンタジーでもある。今回はそんな気持ちに応えてくれる一冊。
絵本マニア甘木サカヱが、おすすめの絵本について熱量たっぷりで語ります。
ファンタジー×サイエンス、くるみの中の無限の宇宙
『くるみのなかには』
たかおゆうこ:作
講談社 1400円
一粒のくるみの実、その硬い殻の中には何がある?
金色に輝く小さな宝物?
りすの隠した小さな裁縫箱?
それとも小さな小さなおじいさんとおばあさんのお家…?
そんな問いかけで始まるこの絵本。やさしく繊細なタッチの絵の印象もあいまって、一見とてもファンタジックでかわいらしい絵本、という印象です。
ところがどっこい、この『くるみのなかには』、そんなわかりやすく可愛いだけの絵本じゃございません。
指先でつまめるほどの小さなくるみ。その中にいったい何があるのか…ページをめくるにつれ、想像力は自然にどんどん広がって、ついにはもしかして、この実の中には小さな宇宙が詰まっているのかも、とまで思わせてくれる説得力。この本の持つ果てしないスケール感といったら、ただ事ではありません。
ストーリー前半で、ちいさな木の実の中に無限の宇宙を想起させておいて、後半にはリアルなくるみの成長の過程をなぞっていくのです。木の実が土に埋められ、水を吸って芽を出し、根を張って枝を伸ばし……
前半で想像した「くるみの中の無限の可能性」が、実際に質量をもって芽吹き成長を始めたような感覚にとらわれます。
「甘いファンタジー」と「リアルなサイエンス」。
一つずつでも十分に一冊になるテーマ、その二本柱を見事に一つの物語に融和させているのです。これは言うなれば……絵本界のカツカレー!トンカツとカレー、単品でも十分に美味しいものを悪魔合体させた手腕!なんて巧みな構成なんだ!絵本マニア大興奮の一冊です。
ファンタジーもサイエンスも、子どもの心にとっては決して相反するものではないことを具現化させてみせた、この圧倒的な説得力といったら。こんな作品に出会えた時、心から、絵本を趣味にしていて良かった、と思います。
私は小学校で読み聞かせのボランティアをしています。この本を初めて読む日、スーパーで探した殻付きのくるみを一袋持っていきました。
低学年のクラスで、殻付きのくるみを触ったことのある人は?と子どもたちに聞くと、手が挙がったのはわずかに一人。
くるみを子ども達に渡し、手のひらの中でころころところがしながら、この絵本を見てもらいました。子どもたちの様子を伺うと、そっと実を振ってみたり、匂いをかいだり、指先に力を込めて割ろうとしている子も!(やめなさい)
可愛く並んだ子どもたちの丸い頭を、無限の可能性を秘めたくるみの実に重ねながら、ゆっくり本を閉じました。
文/甘木サカヱ 写真/河内彩