育児サイトや情報番組などでときどき目にする「オキシトシン」というホルモン。
出産や授乳に関わるイメージが強いですが、実は女性に限った働きだけではなく、老若男女問わず、人間が幸せに生きていくのに欠かせないホルモンだと言われています。
今回は、ママ・パパの子育てや家族の関係がぐっとよくなる「オキシトシン」についての知識をお届けします。
オキシトシンとは?
「オキシトシン」は私たちの身体の中で作られるホルモンの一種です。
9個のアミノ酸からできたタンパク質の集まり(ペプチド)になっていて、脳の「視床下部」から放出されたオキシトシンが血流に乗って身体に行きわたり、各所で必要なアクションを起こすよう促します。
オキシトシンが活躍する場面として知られているのは、やはり出産のとき。
出産が近づくと、オキシトシンの刺激で子宮が収縮して陣痛が起こり、赤ちゃんを送り出す活動を始めます。
オキシトシンはへその緒を通じて赤ちゃんにも届けられ、狭い産道をくぐり抜けるときの苦痛を和らげるそうです。
産後も、ママが赤ちゃんの「お腹がすいた」という泣き声を聞いたり、赤ちゃんがおっぱいに吸いついたりするとオキシトシンが放出されて乳腺に届き、お乳が射出されるという仕組みになっています。
さらに、ママと赤ちゃんに限らず、恋人・友人・ペットも含めた「好きな相手」とスキンシップをするときにもオキシトシンは分泌されます。
生物は本能的に自分以外の生き物を恐れるようにプログラミングされていますが、オキシトシンが分泌されているときには、不安が解消して好きな相手を恐れなくなる働きがあるため、別名「愛情ホルモン」「幸せホルモン」「絆ホルモン」「信頼ホルモン」などとも呼ばれています。
近年では、出産や授乳時以外にも、脳内で信号を伝える「神経伝達物質」として常にオキシトシンが使われていることも分かってきました。
さらに、脳の前頭前野・海馬・扁桃体などを活性化させたり、気分を安定させる「セロトニン」の作用を高めたりする作用が報告されており、うつや自閉症スペクトラムの患者さんに対してもオキシトシンで症状改善の可能性があるのではないかと考えられ、研究が進んでいます。
オキシトシンの効果や作用
オキシトシンが分泌されると具体的にどんな効果や作用があるのでしょうか?心身両方からみていきましょう。
オキシトシンが心にもたらす効果
家族や友人・ペットなどと触れ合ってオキシトシン量が増えると、人は次のような精神状態になりやすいと言われています。
- 幸せな気持ちになる
- 不安が解消される
- 共感性が高まる
- 人への信頼感が高まる
- 人に優しい態度を取る
ママが手足をぶつけて痛がっているときなど、小さなわが子が「なでなで」してくれて感動した…という経験を持つ人も多いのではないでしょうか。
夫婦のネズミのいっぽうに電流を流して痛みを与えるという実験の結果によれば、刺激を与えられたネズミに対しパートナーのネズミは毛づくろい行動をして慰め、ストレスを和らげようとするそうです。
このときにネズミの脳内ではオキシトシンの受容体が活性化されていて、人にも同じことが起こると考えられています。
また、1990年代に行われた「信頼度の高低によってお金のやりとりがどう変わるか」の実験では、もともと血中オキシトシン濃度の高い人やスプレーで鼻からオキシトシン成分を吸入した人は、そうでない人よりも、相手への信頼度が高いことを示す行動を取ったと報告されています。
オキシトシンの体への影響
オキシトシンは身体にも次のようなさまざまな影響を与えます。
- 自律神経のバランスが整う
- 免疫力が向上する
- 睡眠の質がよくなる
- 過剰な食欲を抑制する
子どもの場合、睡眠の質がよくなれば夜泣きの改善・病気や怪我の早い回復なども期待できます。
ママにとっては「過剰な食欲の抑制」のほうが気になるかもしれませんね(笑)。
結果、学力や人間関係もアップ?
さらに、オキシトシンが十分に体内に行き渡っていると、
- ストレスに強くなる
- 落ち着いて学習できる
など、学校や職場でも精神的に好ましい状態で過ごせると考えられています。
オキシトシンが豊かだと、なぜ子育てがラクになるのか
オキシトシンが親子ともに豊かな状態では、子どもは親に対して安心・信頼とともに「大好き」という気持ちを持っています。
「大好きなママを喜ばせたい」「パパを悲しませたくない」という気持ちが強いため、自我の成長で一時的にイヤイヤ期を迎えたり、下の子が生まれて赤ちゃん返りしたりということはあっても、基本的には「思いやりのある子に育ってほしい」など、ママ・パパの思いに応えようとしてくれるはず。
いっぽう、オキシトシンの低い状態では、「叱られたり罰を受けたりするから悪いことはやめよう」つまり「ばれなければ悪いことをやってもいい」という判断になってしまいます。
また、最近増えているといわれる「キレやすい子」にも、オキシトシンが関わっている可能性があります。
関連記事:キレやすい子供の原因は…性格、それとも病気なの!?
新生児では、オキシトシンの分泌量に男女差や個人差はほとんどないそうです。
しかし、幼児期から小学校と成長するにつれて男女差や個人差が現れ、その理由は次の2つと考えられています。
- 縄張り意識や攻撃性を司るホルモン「バソプレシン」の分泌量は男の子のほうが多く、オキシトシンのもたらす共感性や優しい行動などを弱めてしまう
- 幼少期に周囲とのスキンシップが多いほど、オキシトシンの分泌量や感受性(オキシトシンの受け取りやすさ)が良好になる
つまり、衝動的にケンカをするのは男の子のほうが一般的に多いですが、生まれつきの特性はありつつも、オキシトシンの働きが十分ならば、落ち着いた行動が期待できるということですね。
1歳半までの赤ちゃん時代に「オキシトシン体質」が作られる?
最近の研究では、オキシトシンの分泌量や感受性は生後1歳半までにおおむね決まると考えられています。
赤ちゃんは視覚・聴覚が未発達な状態で生まれてきますが、皮膚の感覚はとても敏感。
ある研究では、生後5週目の時点で親と接触の多かった子と少なかった子で4歳半の時に遺伝子の状態を比較したところ、接触の多い子のほうが遺伝子が活性化し、精神的にも穏やかで安定していたということです。
1歳半までのスキンシップよって「オキシトシンを分泌しやすい」「分泌されたオキシトシンを受容しやすい」という下地が作られることがわかってきたため、過去に広く言われていた「抱き癖がつくから泣いてもすぐに抱き上げない」という育て方は今では否定されています。
赤ちゃん時代は可能な限りだっこして過ごし、授乳中もできるだけ赤ちゃんの顔を見てあげるのがオキシトシン増加には効果的だそう。
もちろん、1歳半を過ぎても引き続きスキンシップは重要です。
遊びのなかで触れ合う機会を作ったり、眠いときなど子どもが甘えてきたら快くだっこしたり、食事中や会話は目を合わせることを心がけるだけでも、親子ともにオキシトシンは分泌されるそうです。
パパは要注意!オキシトシンにはこんな働きも…
こんなにすばらしい効果のある「オキシトシン」ですが、ひとつ気をつけないといけない点も。
産後の女性は体の仕組み上、オキシトシン分泌量が急激に増えます。
しかし男性は出産がないのでそのような大きな変化は起こらず、赤ちゃんと触れあうことで少しずつオキシトシンが増えていくイメージです。
この男女間ギャップの大きい状態のとき、女性から見ると、夫は「育児に非協力的な存在」と感じられ、本能的に「敵・攻撃対象」ととらえてしまうことがしばしば起こります。
また、赤ちゃんの安全を最優先するために、それまで夫へ向けられていた愛情が一時的に減るのも本能的なものですが、この時期に夫が自分だけ飲み歩いたり、家事育児に関わらないでいると、下がった愛情度が元に戻らないケースも。
これを「産後クライシス」といいます。
関連記事:産後クライシスは夫にも訪れる?経験談から考える夫婦の危機
ただ、オキシトシンは、赤ちゃんの世話をしたり、触れあったりすることで男性でもちゃんと分泌されることが分かっています。
夫婦でオキシトシンのレベルが同じとまではいかなくても、近ければ近いほど円満に過ごせる可能性が高まりますし、将来のパパと子どもの関係にも確実にプラスになります。
また、NHKの育児情報番組によると、パパの仕事が忙しくてなかなか育児に参加できないときでも、
夫が妻の育児相談に真剣に耳を傾けているだけでも、妻のリラックス状態が安定して続いていることがわかった
とあります。
「育児がんばってくれてありがとう」「いつもお疲れさま」と言葉をかけたり、家事や育児の手が回らない点を批判しないなど、育児でストレスを抱えがちな妻によりそい、つらさを理解・共感することが大事…ということですね。
おわりに
赤ちゃん時代にはできるだけだっこして、顔や目を見て話しかける…。
親子ともにオキシトシン豊かに生きるには、それほど特別なことをする必要はなく、上記を自然におこなっている人がほとんどではないでしょうか。
もし、ママはだっこしたい気持ちがあるのに「抱き癖が…」と誰かに言われたら、ぜひ「オキシトシンが増えるから大丈夫!」と自信を持って下さいね。
文/高谷みえこ
参考/The Japanese Journal of Animal Psychology, 63, 1, 47-63 (2013)「オキシトシン神経系を中心とした母子間の絆形成システム」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/janip/63/1/63_63.1.4/_pdf
NHKスペシャル『ママたちが非常事態!?~最新科学で迫るニッポンの子育て~』 https://www.nhk.or.jp/special/mama/qa.html