そんな親たちの焦りに待ったをかけるのが新著『スマホを捨てたい子どもたち:野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』(ポプラ新書)の著者であり、霊長類学者の山極寿一さんです。長年にわたるゴリラ研究をもとに、「人間とは何か」を追求してきた山極さんに、これからのネット社会に必要な能力とは何なのか、お話をうかがいました。
PROFILE:山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
1952年生まれ。霊長類学・人類学者。京都大学総長。ゴリラ研究の世界的権威。ルワンダ・カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンターのリサーチフェロー、京大霊長類研究所助手、京大大学院理学研究科助教授を経て同教授。2014年10月から京大総長。最新刊に『スマホを捨てたい子どもたち: 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』(ポプラ新書)。
ネットと実社会ではコミュニケーションのしかたが異なる
──小学中学年くらいになると、子どもにスマホを持たせる家庭も徐々に増えてきます。スマホは子どもの成長にどんな影響を与えるとお考えですか。
山極さん:
同年齢の仲間が一番大事になっている時期にスマホを多用させるのはまずいですね。同年齢の仲間とスマホでつながると、それで満足して親ともほとんど交わらなくなり、親子間に距離ができてしまいます。閉鎖的な環境に閉じこもり、「自分が世界に受け入れられている」実感を求めて、仲間からの「いいね」の数を増やそうと荒っぽい行動に出てしまいがちなことも心配です。
ネットを使ったやりとりにはほかにも問題点があります。まず、言葉に頼ったコミュニケーションに終始しがちだということ。
──言葉を使いこなすことは、コミュニケーションにとって重要なことではないのですか。
山極さん:
確かに、言葉があることで、人間は時間や距離を超えた情報のやりとりが可能になりました。言葉を使わないゴリラは、面と向かって身振りで意思疎通ができる10~20頭くらいの集団しか作れません。一方、言葉を持った人間は、100人を超える大きな集団を作れるようになり、その後さらに複雑な社会や文明を発達させることができたのです。
しかしその一方で、人間が動物であることも忘れてはいけません。サルやゴリラがお互いのしぐさや表情で信頼関係を深めているように、人間もまた、「誰が」「どんな風に」「どういう表情、態度で」言ったかという、非言語的なやりとりも含めて総合的に相手との関係を判断します。言葉で表現できることは、伝えたいことのほんの一部だけなのです。
言葉だけのやりとりだと、その言葉が持つイメージしか伝わりません。スマホを通じて「バカだな」と言われると、言葉だけがダイレクトに伝わって「俺のことが嫌いなんだな」「いじめられた」と思ってしまう。でも、実際に会って相手の表情を見たら、「ああ、こういうことか」と納得できる場合もあるわけです。
また、人間のキャパシティを大きく超えて多くの人とつながってしまえることもネットの怖さです。人間の脳の大きさからいって、きちんと信頼関係を結べる人間の数というのは150人が限界だと言われています。SNSでフォロワーが10万人いたとしても、名前や顔、個性を把握したうえで、信頼関係をふまえた交流ができるのは150人が限度なのです。脳のキャパシティを大きく超えたつながりを持ってしまうことは、ストレスや不安の原因となってしまうので注意が必要です。
今後、AIが発達していけば、物事の選択や情報分析をAIからのおすすめや便利なアプリに任せきりにするようになり、自分の頭で考えなくなって思考力が奪われていく心配もあります。