「『こんな家に生まれた自分が憎い』虐待を経験した男性が、発信するようになるまで」で話を聞いた東京都の会社員・橋本隆生さん(活動名)は、父親と継母の虐待を受けて育ちました。
現在は講演をしたり、虐待経験者3人で「internaReberty PROJECT」(インタナリバティプロジェクト)というグループをつくったりと、当事者目線の発信を行っています。
虐待への関心は高まっており、児童相談所への通報件数は増加傾向。2020年4月には、親による体罰を禁止などを盛った改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が一部を除いて施行されることになり、少しずつ、社会も動きはじめています。
虐待経験者から見て、今の社会に必要なことは何なのか。私たちには何ができるのか。
橋本さんに聞いてみました。
「大人との繋がりがほしかった」
橋本さん:
僕は、他の大人との繋がりを欲していたな、と思います。僕たち家族には親戚もおらず、父親の転勤が頻繁で小学校の6年間で5回引越ししたこともあり、学校の先生と信頼関係を築くことも難しかったので…。
ただ、親が周りとの関わりを制限すると子どもにはどうしようもない。なので、周りの人が目を光らせるしかないのかもしれません。今は僕が子どもの頃よりも世間の関心は強くなっていると思いますが。
──橋本さんが前編でも話していたように、周囲との繋がりがなければ、子どもたちは虐待されるのはおかしいことだと気付くこともできないかもしれません。
橋本さん:
そうなんです。子どもたちには「自分の家だけが全てじゃない」ということを知ってほしい。僕もそうでしたが、周りと比べることができないので「殴られるのは仕方ない。これが普通なのかな」と思ってしまう。そうすると声をあげられません。
なので、子どもたちに家族ってどういうものなのかを伝える活動ができないか計画を練っています。
さらに、僕は親たちに対する支援や声掛けも大切だと思って活動しています。
──虐待をしてしまう側への支援ですね。橋本さんから見て、親に対してはどういったサポートが必要だと感じますか。
橋本さん:
もちろん虐待はあってはならないことですが、僕も親になって、子育ての大変さも分かるようになりました。子育てのストレスが虐待に繋がることもあります。完璧な親などいないし、1人で背負いこまないでほしい、というのは伝えたいです。
また、児童養護施設などの視察を通して、虐待が起こる家庭では夫婦仲も悪いことが多いと知りました。最小単位なので見過ごされがちですが、夫婦関係の改善によって防げる虐待もあるのではないかと思っています。
「子ども」としてでなく、「1人の人間」として
橋本さん:
虐待を受けている子どもたちは親の顔色を伺って生活していることが多いです。なので、親以外の大人の顔色もよく見ていて、色々なことを察するようになります。
僕もそうだったのですが、ちょっとした声掛けで大人を「敵か味方か」判断してしまうところがあるのではないかと思います。心を開くのは簡単じゃありません。なので子どもであっても、1人の人間として言葉を選んでほしいです。
──1人の人間として言葉を選ぶ、ですか。
橋本さん:
例えば、言ったことを否定しない、などですね。何かを訴えても、「そんなはずない」「いや、それはきっとこうだよ」などと言われたらもう話せなくなってしまいます。
「普通はこう」ということを押し付けずにきちんと話を聞いてほしいし、絵が好きな子なら絵の話をしたり、好きな食べ物の話をしたり…。難しいですが、「子どもだから」「相談者だから」と考えるのではなく、時間はかかっても丁寧にコミュニケーションをとってほしいです。仕事として相談業務に当たっていると難しい部分はあると思うのですが。
──確かに、橋本さんのこれまでの経験を伺っていて、耳を疑いたくなることがたくさんありました。悪気はなくても「親がそんなことするなんて信じられない」と言ってしまったら、子どもはその先を話せなくなってしまいますね。
橋本さん:
そうですね。あとは、ちょっとおかしいなと思った時に「大丈夫?」と漠然と聞くよりも、「叩かれてない?」と一歩踏み込んだ質問をする、というのも大切かと思います。
「生きてさえいれば、なんとかなる」
──親による体罰禁止などを盛った改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が、2020年4月から一部を除いて施行されます。「しつけで叩くのもダメなのか」などという声もあるようですが、この法律改正はどう受け止めていますか?
橋本さん:
子どもに言うことを聞いてもらいたい時やしつけをする時に、「まず体罰以外の方法を考える」というきっかけになることを期待しています。
昔は体罰が当たり前だったと思いますし、家庭の教育は閉じた中で完結してしまうので分かりづらいですが、時代が変われば家庭のあり方も教育の仕方も変わりますよね。正解はありませんし、完璧な親はいません。だからこそ、どうすればいいかを私たち親も考えなければいけないし、勉強しなければいけないのではないでしょうか。
もしそう考える余裕がないくらい子育てが辛い、またはどうしても手を上げてしまう、という状態であれば、相談機関などに頼るということも考えてほしいです。今は色々な支援体制や団体があり、支援者の方々が熱心にサポートをしています。
もちろん僕自身も、試行錯誤し続けて勉強しながら子育てをしていきたいと思っていますし、なにかに迷ったり困った時には、一人で抱え込まずに周りに頼ろうと思ってます。
──最後に、今虐待を受けていたり、過去に受けていた子どもたちに伝えたいことはありますか?
橋本さん:
なかなか、月並みなことになってしまって伝えるのが難しいんですけど…
僕にとってはバンド活動だったのですが、とにかく夢中になれることを見つけて、それに夢中になる時間がある、というのはいいことだと思います。
そして、「自分は絶対に幸せになるんだ」という気持ちを持ってほしいです。僕にもどん底で自分の人生に絶望していた時期があったけど、今は幸せだと思える。生きてさえいればなんとかなるんだ、って信じていてほしいです。
取材・文・写真/小西和香